スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハルケギニアのウィザード見習い 赤道からの帰還

 貴族専用の食堂にはすでに多くの生徒たちが集まっていた。

 上座は窓に最も近く、春と言えどもやや強い陽光をカーテンが遮ることで柔らかな光に変換し、開け放たれた窓からは、芽吹きの香りを風が運んでくる。そんな誰もが独占したがる席は、すでに上級生が陣取っていた。2年生はその隣、下級生は下座であり、食堂の入り口近くと席次が決まっている。学年を問わない、朝のおしゃべりという名の情報収集、貴族としての己が権勢を少しでも拡張すべく行動は、活発に行われていた。

 そんな瑞瑞しくも騒がしい雰囲気が唐突に止んだのは、食堂の扉が開いて、その少女が入ってきた時だった。

 すうっと、浜辺の波が引いてゆくように、食堂のざわめきが止んだ。

 数日前とはあまりに違う彼女の有り様に、誰もが息を飲み、思考が停止する。

 美しく伸ばされていたピンクブロンドの髪は、まるで少年の様に短く、元々キツい目をしていたが、眼光はより鋭くなり、右頬にできた裂傷は塞がれてはいるものの、貴族の娘には酷ともいえる痕が残されていた。食堂にいる全ての人間が、この少女が、使い魔召喚の日に失踪し3日間も行方不明になっていた、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのかと訝しんだ。

 入室したルイズは、素早く左に視線をとばし、天井の隅を見るや、そのま視線を落とし、今度は右の天井に持って行き、さらに視線を落とした。まるで何か危険なものがないかを確認するように、彼女の視線は∞の字を描く。

 その行動は、彼女にとって意味のあるものだったが、食堂にいる者達にとっては、ひどく奇妙なものに見えた。

 いったい全体あいつは何をしているんだ、それとも誰かを探しているのか――?

 食堂にいる者達がそう思った時には、ルイズはすでに着席していた。入室してすぐさま右へ、壁伝いに歩いて行き、入り口から一番奥の席、下級生たちの席を陣取った。

 隣にドカっと音を立てて座られて、驚いた隣席の下級生は口に含んでいたスープを、ぶふうっと吹き出したが、ルイズは一切気にしなかった。

「あの、ルイズ先輩? ここは1年生の席でして……ヒッ!」

 ルイズの正面に座っていた下級生は、ルイズに話しかけたのだが、ルイズの眼光を見て、結局は口をつぐんで、2度と彼女に話かけることはなかった。

 座席に触ったルイズは、朝食が運び込まれるまで、静かに食堂全体を注視した。まるで親の仇でも探しているのかと言わんばかりの冷たい視線だった。

 窓際から最も遠く、食堂の入り口からも遠いこの場所は――何事かあれば、テーブルをひっくり返し、即席の防壁にすることができる――彼女にとって多少は安全な場所となった。

 調理室の方から、メイドがやってきて、おっかなびっくりでトレーを彼女の目の前に起き、逃げるように去っていった。

 ルイズは目のに置かれた、正餐を見て、早速その攻略にとりかかった。

 そんな彼女を、食堂にいる多くの人間が、彼女の一挙手一投足に注目していたが、やがて、上級生は彼女を無視して食事とおしゃべりを再開し、下級生は食事を取りながら、目配せして、ルイズを注目し続けた。それとは逆に、ルイズに一切視線をくれずに食事をしているのが彼女と同じ学年の者達だった。


 彼らはこの場で彼女の無能さを囃し立てたりはしないだろう。少なくとも、今、この場では――。

 彼らの表情を注視していたルイズは、クラスメイトの、あまりにも透けて見える思惑をそう判断し、自分が今、為すべき3つの事に力を尽くすべきだと考えた。すなわち、食べて脳に栄養を送る事、秘術の勉強をする事、いつでも、行動を起こせるように周囲に注意を払い続ける事である。


 食事を終えると、ルイズは食堂を出て行った。廊下を歩きながら、次にすべき事を考える。部屋に戻って秘術の勉強をし、その後は――

「ルイズ!」

 自分を呼ぶ声に振り返ると、『香水』の二つ名を持つモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと、ヴァリエール家と領地を挟んで天敵同士であるゲルマニア帝国からの留学生、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが立っていた。

 この二人はいつの間につるむようになったのだろうか? 

 ツェルプストーが連れ立っているガリアから来た蒼い髪のチビっ娘留学生はどうしたのだろう?

 ルイズは訝しみつつ、二人を注視した。

 キュルケは『微熱』の二つ名の通り、気だるそうに己の長い赤毛の毛先を指にくるくると挟んで手遊びをしている。シナモン色の肌も、彼女の二つ名にふさわしい由来のひとつだったに違いない。貧相な体の自分と違い、相変わらずけしからん乳を見せびらかすように前へ突き出している。いつか片方をむしってやると思っているのだが、その機会が訪れたことはない。

 キュルケはルイズに興味がないのか、それとも、先に話しかけたモンモランシーの要件が済んでからと思っているのか。こちらに話かけてこようとはしなかった。

 一方、呼びかけても、返事をせず、こちらを見つめるばかりのルイズに焦れたモンモランシーは、長い金髪を縦に編んでロール状にした髪を右手ですっと払って、ルイズに再度語りかけた。

「ねえ、ルイズ」
「何?」
「何じゃないわよ、あなた怪我してるじゃない、傷をよく見せて」
「必要ないわ、お金もってないし」
「馬鹿言わないで、今の貴方からはお金を取ったりしないわよ! ああ、酷い……」

 ルイズに近寄ると、右頬の裂傷を間近で見たモンモランシーは絶句した。

「治療は必要ない。これは、私が未熟だという証だもの」

 ルイズは自分の頬を右手で優しく触り、目をつぶった。

 瞼の裏には、たった1週間(・・・)の事なのに、激しくも懐かしい、過去の情景――氷に閉ざされた熱帯の島、恐るべき白竜、親切にしてくれたコボルド達、半魚人達との戦い、そして自分を何度も助けてくれた黒髪の男の子――が浮かんでくる。

「……それに絆でもあるから」

 ルイズの苦笑とも、はにかみにも見える表情を見て、モンモランシーは呆気にとられた。同じくキュルケも、ピューっと貴族にあるまじき下品な口笛を吹いた。

「ねえ、ヴァリエール。貴方が何処に行ってたか知らないけど、いい出会いがあったようね? いまの貴方、すっごくイイ顔してたわよ」

 あの気だるげな様子はどこへ行ったのか、キュルケは、己の二つ名に相応しい熱い視線と口調で語りかけた。 

「……ツェルプストーには関係ないでしょ」

 ルイズは即座に気を引き締めた。ヴァリエール家の人間は、こいつの先祖に自分の恋人を何人も寝取られたりしているのだ。一族に流れる恨みつらみは骨髄どころか血の一滴にまで染み込まれている。

「あらやだ、警戒させちゃった? フフ、これは面白くなったきたわー」

 じゃーねーと、言いたいことを言うだけ言うと、キュルケはニコニコと笑顔を浮かべて去っていった。

 先に話しかけたにもかかわらず、二人の会話を呆然ときいていたモンモランシーは、ハッと再起動を果たし、何事もなかったかのように会話を続けた。

「傷の事もだけど……何で1年の席になんか、まさか、貴方」
 
 モンモランシーは気まずそうに口をつぐむが、ルイズは否定した。

「あの位置が、何かあった時一番安全だからよ。窓がなかったら、上級生の席に座っていたわ」と、軽く手をふってモンモランシーの懸念を否定した。

「そ、そう。まあ貴女が居なくなったときはびっくりしたわ。あんまり心配かけないでよね。それで、確認するけど、その傷本当に治さなくていいのね?」
「ええ、必要ない」
「そう……でも、疼くときは、言ってよね。秘薬を調合するから」

 モンモランシーはルイズに念を押してから踵を返した。

 歩み去ってゆくモンモランシーの、長く、見事な縦巻きロールを見ながらはルイズは考えた。


 友達のいない私に、心配なんかしてくれる人なんて家族しかいないと思っていた。もし、彼女を友達と呼んでいいのなら――。

 やめよう。友達よりも私にはすべき事がある。秘術の研究に、ちい姉様の病気の事――それでも、やっぱり、私は……

 ルイズは苦笑して、ひとつ、首を振ると、自室へ向かった。



 †

 
「つまり、私の授業は受けたくないという事ですか?」
「いいえ、そうではありません。教科書に書いてある事は全て頭に入っています。教科書にない授業をする時は出席します」

 教室は恐ろしい程に静まり返っている。

 従業開始3秒でいきなり始まった二人の対決を、2年生の生徒たちは(一部を除いて)固唾を飲んで見守った。



 この娘は自分が何を言っているのか本当に理解しているのだろうか、と教師であり『赤土』の二つ名を持つシュヴルーズは頭を抱えたくなった。彼女は『土』系統のトライアングルという実力の持ち主で、『錬金』について一家言のある優秀な研究者である。初老に差し掛かかってはいるが、美しい老い方をしていると、誰もが絶賛する慈愛に満ちた顔が、今や困惑に歪んでいた。

 目の前にいる娘、、ルイズ・フランソワーズは座学を受けないという。

 2年に進級するや否や3日間も行方を晦ますという大騒ぎを起こした張本人だ。宰相の娘だから、父の権勢を頼みにすればなんでも押し通せると思ってるバカ娘が、また何か、やらかす気なのかと、シュヴルーズは激高しかけたのだが、目の前にいる娘の瞳は静謐で、そこいらのボンクラには到底見えない。極めて理知的で、自分を説得しようとしている。

「頭に入っている……ですか。では、ルシール・ド・シャレット卿が発見したものは?」

 答えられるものなら、答えてみなさいと、シュヴルーズは思いっきり意地悪な質問をルイズに投げた。教科書には書いてはあるが、欄外に小さくたった1行『質量保存の例外法則を発見』と、書いてあるだけで、詳しい解説は土系統の副読本を読まねば分からない、そんな意地悪を。

 だが、ルイズは平然とした顔で正解を応えた。

「質量保存の例外法則。系統魔法の『錬金』に於いて、変化前と変化後の総質量に変化はないが、先住魔法はその限りではない」

 さすがのシュヴルーズもこれには舌を巻いた。

 そんな事まで覚えているとは。

 錬金の魔法においては、精神力の多寡も問題であるが、その物質をどこまで精緻に認識し、再現できるかといった観察眼と想像力が大事とされるので、土魔法の専門家以外、あまりこの事例は重視されないのだ。何しろ、亜人達、特にエルフ達の使う先住魔法は詳しい事がわかっておらず検証する事自体が難しいからだった。

 この娘が教科書を丸暗記したというなら事実そうなのかもしれない。だが……。

「実技はどうするのです?」

 シュヴルーズそう問いかけた時、初めて彼女の顔が曇った。

「私の実力では実技で点を取ることができません。私は生まれてから今まで、一度たりとも系統魔法を成功させた事がありませんから。他の事で補いたいと思います」

 ルイズの直截な告白にシュヴルーズは驚いた。

「流石、ゼロのルイズ!」
「無能だから使い魔すら召喚できなかったんだもんな!」

 ルイズとシュヴルーズの会話が、一瞬途切れたのを狙い目と思ったのか、合いの手を入れるように男子生徒の一部がルイズを揶揄しはじめた。が、二の句を紡ぐ前に、粘土を口に突っ込まれ、盛大にむせることになった。

「黙らっしゃい。級友を故なく馬鹿にするとは何事ですか!」

 いつの間にやらシュヴルーズの手には杖が抜き放たれていた。一番間近で見ていたルイズすら気付かないほどの、見事な早抜きクイック・ドロウだった。

 シュヴルーズの早業に再び教室は静かになった。誰だって土を食べたくはない。

「いえ先生、故なくではありません。事実です。私には使い魔がいません」

 ルイズは断言した。

「学園長やコルベール先生から伺っておられませんか?」
「……一応は。ですが何かの冗談だろうと」
「事実です。私は学園長から、お情けで此処に在籍を許されています」

 彼女の父と学院長との間で何らかの政治的取引があったのは、まず間違いないだろう。シュヴルーズは苦虫を噛み潰した顔で再度、ルイズに問うた。

「それがわかっていて、授業に出ないというのですね?」
「はい、実は、かつて自分と似たような事例がなかったかの調査、及び、何故魔法が使えないのか等を詳しく検証し、研究報告書を毎月出すようにと学院長から指示を受けています。ですが、書庫の資料は膨大で授業に出ていては、到底時間が足りません。座学の試験は必ず満点を取ります、どうか許可をください。お願いします」

 ルイズはシュヴルーズに深く頭を下げた。

「……わかりました。貴方は授業に出ないでよろしい。ただし、座学の試験で1点でも下がったら、きちんと授業に出てもらいますよ」
「はい、先生」
「この事は学園長先生、コルベール先生、及び他の先生方にも話しておきます。貴方も毎回、先生方と交渉するのは面倒でしょう。他の先生方を交えて話をする時、貴方も同席なさい。いいですね?」
「はい」
「それから、貴方がフェニアのライブラリーを使えるよう、私から申請をしておきましょう」
 
 シュヴルーズは、教卓にあるインク壺にペン先を浸し、ノートに自分のサインを書いた。そして、杖を取り出すと呪文を唱え、サインをなぞるようにして己の魔法を吹きつけた。これがあれば、司書に見せても通用するだろう。

「これは仮の許可証です。後日、正式な物を渡します。存分に研究なさい」
「は、はい! ありがとうございます先生!」

 その日、ルイズ・フランソワーズは、誰もが見とれるような笑顔を初めて零し、放たれた矢の様に教室を飛び出した。



 やった、やった! これでちい姉様の病気について何かわかるかも!

 と、何度、サイトに教えてもらったガッツポーズをしたくなるのを我慢しつつ(流石に少し……はしたない)図書室へ急いだ。

 ……実のところ、学院長から調査と報告を求められているのは事実だが、そこらへんは適当に書いてワカリマセンでした! てへ☆ペロで(サイトが言うには可愛い子がコレやると大抵の場合許されるらしい)すますつもりだった。卒業に必要な単位さえ取れてしまえばこっちのもんだとルイズは考えていた。――こんな事、『あちらの世界』に行くまでは考えもしなかった事である。

 そんな事よりも大事な事がある。

 ちい姉様の病気について、何か少しでも手がかりを得ねばならないのだ。

 ルイズはそんな事を考えなから廊下を走った。

 息を切らしながら、フェニア図書室にやってくると、司書の女性が眦を上げてルイズを注意した。

「静かに! それに此処は教職員専用ですよ!」
「すみません。でも、私、ここを使っていいとシュヴルーズ先生から許可を受けたんです。これがその仮の許可証です」
「それはわかったのですが……」

 ノートの切れっ端を胡散臭げ見ていた女性司書は、素早くシュヴルーズの魔法院印を確認すると、ルイズの後方をちらりと見やった。

「彼女もですか?」

 彼女、誰だ?

 ルイズが後ろを振り返ると、そこにはガリアからの留学生――決して家名を名乗らない少女――『雪風』の二つ名を持つタバサが立っていた。

コメントの投稿

非公開コメント

1031のつぶやき
ギルド・本棚・DLO目次・蒸気
rds1031村
リンク
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。