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コルソス島奇譚 戦闘・秘薬・イリシッドの激怒

……時間は少し巻き戻る。


 ジャコビー・ドレクセルハンドは海に消えた。

 人間が自分の意志で、崖から海へ飛び込むという光景を、目の当たりにした二人は、互いに抱き合ったまま、へたり込んでしまったのは無理もない話だった。
「ほら、二人共起きな。気持ちはわかるけどさ」

 フラワーが二人の肩に手をやった。ごつく、節くれだった手から伝わる体温が、吹き込んでくる寒風に晒される二人の心に、暖かく染み込んでくる。

 どうにか二人を立ち上がらせ「宿に戻ろう」とフラワーは提案したのだが、ウルビアンがそれを止めた。

「待て、様子がおかしい」 

 耳をピクピク動かしながら、ウルビアンは三人を止めた。

「敵か!?」
「いや、この墓所の外から聞こえる。村で何かあったな」
「じゃあ、なおさら急がなきゃいけないじゃないか」
「まずは宿だ。叔父さんを叩き起こさなきゃ。どうしても起きないならドルラーに送るしかないけど」

 物騒なことを言ってフラワーは会話をしめた。


 一行は慎重に警戒しながら、回廊を進んだ。敵のカルティスト達はすでにここから逃げ出したのか、帰り道で出会うことはなかった。
 
 墓所の外へと続くところまで来ると、ようやくウルビアン以外の3人にも村が騒がしいことに気づく事ができた。

「ウルビアン、アンタいい耳してるんだな」

 才人が誉めそやすと「腐ってもエルフだよ」と才人り賛辞を、いつものむっつり顔で受け流した。


 墓所は、村の一番高い場所にある。

 ここからだと、港の様子も、温度結界のある場所も、そして、村の門で押し寄せる敵の姿も見えた。弾け合う金属音と悲鳴が風に運ばれて聞こえてくる。

 才人とルイズはその恐ろしい音に身をすくませた。

「や、ヤバイじゃんどーすんのコレ!?」
『落ち着きなさいよ。フラワー、私達はどうすればいい? 私は精神力にまだ余裕があるわ』

 ルイズはすでに覚悟を決めていた。人を殺す覚悟を。

「まずは才人君の装備を何とかしよう。そんな布切れじゃ矢を1発くらっただけで死ぬ」
「鎧を着ろとかいわれても……着付けって言うのか? オレまったくできないんだけど……」
「私が着せよう。君でも着れる軽量鎧を見繕ってこよう」
「私とルイズは……あー、アンタ言葉が通じないんだった。ウルビアン急いでくれ」

 フラワーはウルビアンと才人を追いやり、ルイズに向き直って片言の竜語でルイズに今後のことを指示した。

『叔父さん、起こす、起きない、殴る』
『サッドを起こすのね。わかったわ。私は貴方についていくわ』


 波高亭の中に入ったが中には誰も居なかった。カウンター脇の、ワインカーヴへの扉が開いていて、そこから冷たい風が流れ込んでいた。

 フラワーとルイズは2階に上がった。サッドが寝ている部屋にたどり着くと、フラワーはサッドを「叔父さん、叔父さん」と揺すって起こし始めた。

 ルイズはサイドテーブルにおいてあった水差しを手に取ると、サッドの顔に遠慮する事なくぶっかけた。

「ちょ、ルイズ!」

 フラワーが非難の声を上げたが、それでもサッドは起きなかった。
 
 ルイズは遠慮なく水差しでサッドの頭をぶん殴った。陶器の水差しは粉々になった。

「ぶへぁ! なんじゃ、何事だ!?」
「……叔父さん、大変なんだってば。敵襲だよ」
『サッド、急いで。村が危ないわ』 
「敵襲!? そいつはマズイ!」

 サッドは布団をはねのけ、起き上がり、そのままヨロヨロとよろめいた。

「ああ、くそ、頭が痛い。飲み過ぎたかな。水が欲しい」
『ルイズ、水、台所、取ってくる』
『台所ね』 

 ルイズは台所に行き、適当な木製食器を選ぶと、台所の片隅にある筒を通して流れる清水にそれを浸して再び2階にあがった。

「おう、ルイズありがとよ」
「おじさん、竜語じゃないと」
「おう、そうだった『ありがとう、ルイズ』」

 サッドを殴りつけたのはルイズなのにお礼を言われるなんて……正直微妙な気分になったルイズであった。

『これやる』
『……なにこれ?』

 何か液体が入っているように見える白い小瓶だった。

『秘薬、ケガに効く』

 そしてサッドはもう2本、別の蒼い小瓶をルイズに押しかけた。

『秘薬 魔法の盾、飛んでくる矢をある程度防ぐ。飲むだけ。効果は5分』

 サッドはルイズに信仰の盾シールド・オブ・フェイスの効果を持つ秘薬を渡した。この戦の趨勢がルイズの双肩にかかっている以上、彼女を守るため、自分が生き残るにはここで彼女に投資するのが最上だと、サッドは判断したのだった。

 たった3本で金貨800枚はするだろう。これで命が助かるなら確かに安い投資だろう。

『ありがとう』
 
 一方、ウルビアンに連れていかれた才人は、ローブの上から、ジャラジャラと音を立てるチェインシャツを着せられてた。

「これ、金属がこすれてうるさくない?」
「君は、私みたいな隠密活動はしないだろう? ならば、鈍器で殴られても、剣で刺されもある程度は平気な鎧を着るべきだ」
「ある程度は平気って……」 
「板金鎧は体力的にムリだろう」
「……ですよね」

 ウルビアンが選択した才人の装備は、太腿まで草摺が伸びたチェインシャツに、革製の脛当てと兜にクローブ、鉄の籠手、木製の大盾と、腰につけるベルトポーチ、片手で扱える小さなクロスボウとボルトが20発、ウルビアンと交換した棍棒という出で立ちだった。

「だめだ。腕があがらない。盾を構えていられないよ」
「仕方ない、籠手を外そう。そうすれば、少しはましになるはずだ」 

 言われたとおり、籠手を外すと、どうにか、攻撃が来た方向に盾を回せそうだった。

「いいか、サイト君、君の役割は攻撃じゃない。攻撃はルイズに任せろ。彼女に飛んでくる攻撃を防ぐのが役目だ。そして、一発ぶちかましたら、すぐに移動しろ、建物の影からこそっと魔法を撃ち、撃ったらコソコソ建物の影に隠れて移動するんだ。鼠のようにな。それが君たちの命をつなぐ唯一の方法だ」

「わ、わかったよ」
「それからこれを渡しておく。牡牛の筋力ブルズ・ストレングスのポーションだ。間近で敵を殴るはめになったらこれを飲め、5分程度だが、フラワーの呪文の様に筋肉が増強される。そしてもう一本は……加速ヘイストだ」

 そう言って、ウルビアンは才人に薬瓶を2本渡した。

「こいつは1本辺り30秒程しか効果はないが、いざというときはルイズをひっつかんで逃げろ。彼女さえ生きていて、あの大砲の様な魔法をぶちかまししつづければ、俺達は負けない」



 ……そんな顛末の末に、彼らは戦場に立ったのだった。

 

「ルイズ、もうちょい後ろ、ジグモンドのおっさんに近すぎる!」
『に、にんげん吹き飛ばしちゃった……』

 戦う、殺す覚悟はできたと嘯いては見たものの、そんなものは、現実として遭遇しないと、嘘八百以外の何物でもないなと、ルイズは感じた。

 今更になって、足が震え、呼吸が早くなった。自分がしでかした罪の重さに潰れそうになる。

「ルイズ」

 その時、騎士気取りのエロ平民の声が耳に入ってきた。

「今は前だけを見るんだ。敵を吹き飛ばすのに躊躇しちゃダメだ」

 そう言って、才人はルイズを建物の影に引っ張った。その途端、自分達のいるところに、ストンっと音を立てて2本の矢が突き刺さった。

 思わず、口からヒッと叫び声が出そうになった。

「どうしても、『怖い、自分には無理だ』と思うなら、全部オレのせいにするんだ。オレのせいで、ろくでもない目に合ってるって。オレみたいなバカ野郎のせいで命を張るハメになってるって。でも……」

 一端、言葉を濁し、才人はルイズの目を見て言った。

「オレはルイズに感謝してる。オレを守ってくれてありがとう。ルイズの魔法でオレは命をつないでいる。だから、何がなんでもオレはルイズを守る。ルイズが命を掛けてオレを守ってくれるように、オレもルイズを命をかけて守る。だからさ、ルイズ」

 この男が、次にどんな言葉を紡ぐのか、ルイズは待った。いつの間にか、震えと恐れは消えていた。

「何がなんでも生き残るぞ。還るときは二人一緒に、だ」


 ああ、私は――。


 ルイズの目に火が点った。



「だぁー、くそ! 俺たちが何処に移動するか読まれてるぞ!」
『ごちゃごちゃ言ってないで頭下げなさいよ!』

 ルイズが吹き飛ばした物置小屋の近くにいた時だった。 
 
 ルイズと才人の行動が、撃ったら、一番手近の建物に隠れるという単調な物だったせいで、次に何処に隠れるかあっさり読まれてしまったのだった。二人は、ウルビアンの指示通りに、1発魔法を打つたびに建物から、建物へと移動し、敵の弓兵を翻弄したのは事実だが、戦闘経験の薄い二人にはやや大雑把な指示だったのも事実だった。

 おかげで、ビュン、ビュン、と敵のまだ生きている弓兵から矢が飛んできた。幸い、二人共まだ怪我はないが、このままじゃ時間の問題だった。次の建物まで50メートルはある。腕利きの弓兵なら、修正射撃で中てることはできそうな距離だった。

「ルイズ、盾を構えるから、オレの後ろに隠れろ。一緒にあっちまで走るから合わせてくれ」
『わかったわ』
「いくぞ、GO!」

 才人は物置小屋を出て、大盾を構え、東側にあった小屋からやや南側の建物へ走りだした。ヒュン、ヒュンと恐ろしい風切り音がルイズの後頭部スレスレを飛んで、二人は悲鳴を上げながら走り続けた。だが、もうあと1歩というところで、ついに敵の射手は才人を捉えた。

 弾頭重量600グレインの矢が生み出す運動エネルギーは、恐るべきものだった。その勢いに抗しきれず、盾ごとルイズを押しつぶす様にひっくり返り、続く二の矢を右の脇腹に受け「ぐえ」っと間抜けな悲鳴を上げた。

 才人が構えた木製の大盾は、矢が貫通していて、箆の半ばまで埋まっている。運が悪ければ、才人の側頭部を突き刺していただろう。 

『サイト!』

 才人は内蔵を抑え、手をばたつかせ、ヒュー、ヒューと声をあげて、のたうち回っている。

 彼が死んでしまう!

 そう思ったルイズは、飛んでくる矢を恐れず起き上がり、彼の足を引きずって、どうにか建物の影に引きずり込むのに成功した。

『ああ、サイト、どうすれば! そうだ、秘薬を!』

 事前にサッドから貰っていた秘薬を取り出そうとして、慌てたルイズは秘薬を取り落としてしまった。

 彼が死んでしまったらどうしよう!

 そんな事ばかりが頭に浮かんで、どうればいいのか、思考がまとまらず、手が震える。地面に落ちた秘薬を何度も取りこぼしながら、どうにか、それを握りしめ、未だに、痛みに悶え苦しむ才人の口にルイズは無理やり流し込んだ。途端、咽る才人に『お願い、飲んで、飲んでよ!』とルイズは泣きながら懇願した。最初はむせて吐き出しかけていたものの、落ち着いたのか、才人はルイズの顔をポンポンと優しく叩いた。

「大丈夫。貫通してない。あぶねー死ぬかと思った! ああくそ、痛ェ! 罰ゲーム『タイキック』よりヤバイ」
『ああ、よかった。もうダメかと思ったわ』
「そんな簡単に死んでたまるか。一緒に還るって約束しただろ」

 そういいながら、強弓による攻撃を盾越しとはいえ受け止めたせいで、じんじんと痺れていた右手に秘薬の残りをかけた。そして、生来が負けず嫌いな彼は「くっそー、絶対に逆襲しちゃる」と闘志に火をくべた。
 
 才人は、ウルビアンから貰っていた小さいクロスボウの弦を弾き、ボルトをセットした。

『使い方わかるの?』
「さっき教えてもらった」

 同じ所から頭を出すとマズイというのは、戦争映画で学んでいたので、矢が飛んでくる方向をチラ見するときはちょっと離れた場所から行った。

「いた、あそこだ」

 体力も筋力もない才人だったが、目は良い方だった。照準を合わせ、やや上どころかだいぶ上を狙い、引き金を引いた。が、放たれた矢は放物線を描き、弓兵のいる後衛どころか、盾を構えた中衛の足元にも届かなかった。

「だめだ。ルイズ、あいつ撃てないか?」

 ルイズは身体を斜めに傾けて、ちらっと才人が指示した方向を見た。見てすぐに、頭を引っ込めた。

『……だいぶ近づかないとムリね』
「あ、そうだ。筋肉増強とかいう魔法の薬貰ったんだった。こいつを使おう」
『それでどうするの?』
「こうするんだ」

 才人は自分の盾に刺さった矢を引っこ抜き、次にチェインシャツを脱ぎ捨て、盾にかぶせた。

『ちょっと、それは脱いじゃダメよ!』
「そう言うけど、ルイズだって鎧着てないじゃないか」
『そ、そうだけど、あ、私もサッドから薬を貰っていたわ』
「へえ、どんな?」
『飛んでくる矢をある程度防ぐって……あ、』

 才人がジト目でルイズを睨んでいた。

『し、しかたないじゃない! 色々んな事が起こりすぎて頭に血が登っていたのよ! わ、わすれていたわけじゃないんだから!』
「……オレ、まだ何も言ってないんだけど?」
『うるさい、うるさい!』
「まあ、いいや。それ何本あるの?」
『2本』
「おし、いける! ルイズ、作戦はこうしよう」

 才人はルイズに彼の考えを話した。

 1.筋力を高める薬を才人が飲む。
 2.魔法の盾の薬を二人で飲む。
 3.加速の薬を二人で飲む。
 4.盾を構えて魔法を打ち込める距離まで突撃。

 その作戦案を聞いたルイズは『アンタだって薬を忘れていたんじゃないの!』と詰った。

「忘れていたんじゃなくて使わなかったんだよ。いざっていう時はお前を抱き上げて逃げるつもりだったんだから」

 それを聞いたルイズは顔を真っ赤にして俯いた。


 才人が蓋になっているコルクを引っこ抜くと、場に相応しくないキュポンと間抜けな音が出た。

「匂いが酷いな……」

 顔を顰めて、一気に飲むと、まるで、梅干しを食べているようなしかめっ面を才人は浮かべ、「っかぁー」と、オッサンのような声をあげた。

『そんなにマズイの?』
「コーヒーゼリーのつもりでミルクもぶっかけたのに実は『もずく』だったって感じ」
『は?』

 薬は即座に効果を発揮した。牡牛の筋力はよくいったもので、才人の筋肉は一回りも大きくなり、そこから生み出すエネルギーを行使して相手を殴りつければ、破壊的な効果を得られるだろう。

 魔法の加護を得て膨れ上がった才人の筋肉を見たルイズは『こんな魔法もあるんだ』と目を輝かせた。

『じゃあ次はこれね』
「おう」

 二人は信仰の盾シールド・オブ・フェイスのポーションをくびっと飲んで、同時に微妙な顔を浮かべた。

『なんていうか……』
「みかんの缶詰食べてたらなぜか梅干しが入ってたって感じだな」
『アンタの例えのほうがワケわかんないわよ。それに味の品評はこの際いいわ。魔法の効果が出ているかが問題よ』
「お、おう、そうだな」
 
 二人は前方に手を伸ばした。何らかの膜のようなものを素手で感じることができる。

 これならいけるんじゃないかと二人は確信し、顔を綻ばせた。そして、最後に加速ヘイストの薬を飲んだ。

「咳止めシロップの味がする。これ何度も服用するとヤバイんじゃないの?」
『だから品評はいいから!』
「よし、行くぞ!」

 才人はルイズに声をかけ、建物の影から、左手で盾を掲げて走りだした。右手には小型のクロウボウを用意して、いつでも撃てるように準備してある。



 元々、才人達をつけ狙っていた弓兵達は、才人達が隠れた後も、他の味方の援護はせずに、ただひたすらに注視していた。そして、才人達がついに動き出したのを見て、ほくそ笑んだ。

 こんどこそ、あの小癪なガキどもを捻り潰してやると。

 それは、彼を通して、状況を見守っているマインドフレイヤー、ドラスティックス・アーシュテンドの思考そのものだった。



 すごい、何これ!

 ルイズは自分がコレほどまでに軽やかに走れる事を知らなかった。

 才人がウルビアンから貰った『加速』という秘薬。750エキューもするのにわずか30秒程の効果しかないが、これだけ何もかも鋭敏に、動くことができるなんて、まるで風のスクウェアの様だ! もし、本当に風のスクウェアがこれを飲んだなら、ペンタゴンに届くのではないだろうか? 

 ルイズは走りながら、そう思った。

 思考まで加速するせいか、矢が飛んでこないわね? と、思った頃に飛んできた。それも自分に向けて1直線に。自分たちが早すぎて弓兵の修正が間に合わないのか、それとも、加速しているせいで遅く感じるのか、どちらが正解なのかルイズにはわからなかった。

 ただひとつだけ解っていのは、サッドの薬と才人を信じるしかないという事だった。

 飛んできた矢は半透明の膜に当たるや、軌道を変え、明後日の方向に飛んでいった。

『やった!』

 ルイズはいつの間にか才人に感化され、小さくガッツポーズをしていた。  



 才人は、矢が飛んできたことを察知して「止まるな、駆け抜けろ!」とルイズに向かって叫んだ。それで敵の攻撃がルイズに直撃することもわかっていたが、足を止めれば、もっとヤバイ事になると才人は本能的に悟っていた。

 ここはに何がなんでもルイズに耐えてもらわねばならない。ドワーフのオッサンがルイズに託した秘薬を信じよう。

 才人はただ前を見据え、盾を掲げ、後方のルイズに来を配りつつ走り続けた。途中、自分にも矢が飛んできたが、筋力が何段階も上に上昇し、なおかつチェインシャツで補強している盾には矢は貫通することなく、運動エネルギーも大したことのないように思えた。やがて、後ろからルイズの『やった』という喜びの声が聞こえてきた。

 どうやらサッドの秘薬は役にたったようだ。

「ルイズ、あの土嚢のところまで走れ!」

 そこは、ウルザやシグモンドが戦ってるところに近い場所だった。二人は矢の嵐の中を滑りこむように土嚢の防御陣地に駆け込んだ。

 わずか30秒、死の匂いがこれほど濃密な時間もなかっただろう。

 二人は、大の字で寝っ転がり、身体全体で大きく、呼吸を整えるべく、息をした。

「やった、駆け込んだ。どう、この距離?」
『たぶん、……できる』

 行きも絶え絶えにルイズは頷いた。

 辺りは悲鳴が飛び交い、ウルザとシグモンドの怒声が聞こえてきた。土嚢を背もたれにして前方を眺めると、ハーフオーク達が馬車で何事か作業をしている。馬車の上には大砲がついていたが先ほどから沈黙していた。

 そういえば、自分たちがヒーヒー悲鳴を上げながら逃げ回っている間に、砲声は聞こえなかったなとルイズは思い出していた。片目のハーフオークが何事かがなり声をあげながら、ルイズをチラチラと見ている。

『ああ、要するに時間を稼いで欲しいってワケね』
「え? 何か言った?」
『あの大砲壊れてるんじゃない? さっきから火ふかないし』
「ああ、そういや砲声聞こえなかったな」
『私達に時間を稼いでほしいってとこかしら?』
「やれるのか?」
『やらいでか……っていうんだっけこの場合?』

 昔読んだ、フィリップ三世陛下の軍記物にも似たようなシーンあったわねー、と、なぜか遠く離れた故郷、トリステインの事を思い出した。

 まだ3日だというのに、もう何年も離れている気がしてならない。

 ルイズは肺の空気を全て吐き出すと、顔をパンパンと叩いて気合を入れなおした。

『サイト、呼吸は整った?』
「オッケー、やるぞ」

 才人はぐびっと1本、秘薬を飲んで、筋肉を増強させて立ち上がった。ルイズもその後ろに立つ。すると、たちまち才人達に矢が打ちこまれた。

 才人は半身に構え、大股になり、姿勢を低く、盾をやや斜めにして、傾斜角を作った。

 これでより弾き返すことができる。

 ガン、ガン、と恐ろしい威力と音をさせて、盾は矢を弾き返し続けた。才人が「おおおお!」と声をあげ、必死に自分を庇っている。その声を聞きながら、ルイズは精神を深く、深く、集中した。やがて音は段々と――聞こえなくなり、

 ――呪文威力強化

 今度は世界から色が消えるまで更に深く、深く集中し――

 ――呪文威力最大化

 何もかもが白と黒で単純に最適化された世界で、ルイズは呪文を唱えた。

『イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ』


 そして、杖を振り下ろした。


 その瞬間、空間そのものが爆発し、コルソス村の門扉でしつこく抵抗していた弓兵と魔法使いは、そこに生まれた極大の爆圧で血煙をあげながら、肉体ごと四散し、存在そのものが最初からなかった様に消え失せた。

 ルイズの魔法はさながら戦車砲のようだった。

 装填時間、わずか1.5秒の恐るべき人間兵器。それが今のルイズだった。

 彼女は前衛をウルザとシグモンド、サッド、フラワー、ウルビアン、ルクセン達に任せ、自分を狙う敵の中衛と後衛を徹底的に吹き飛ばした。ルイズが杖を振り下ろすたびに、人間が血煙を上げて爆散し、どれほど重厚な盾を構えようが必ずそれごと吹き飛ばし、もはや生きている人間を探すほうが困難だった。

 生き残った人間もかろうじていたが、足を吹き飛ばされ、その全員が芋虫のように這いずり、いずれ、己の血海で溺死するだろう。

 ルイズと才人はついにやりきった。

 弓兵と魔法使いは、ほぼ駆逐したといっていいだろう。

 この場にいる誰もがルイズを讃えた。ただ一人、マインドフレイヤーのドラスティックス・アーシュテンドをのぞいて。


「うわああああああああああああああ!」

 イリシッドたるドラスティックス・アーシュテンドは頭をかきむしり、叫んだ。

 何故だ、どうして何もかもうまくいかないんだ!

「……オージルシークスウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! いますぐ、いますぐだ、あの村の生きとし生けるものを全て殺せェェェェェェェェェェ!」
 
 ドラスティックス・アーシュテンドは手を振り回して、オージルシークスの名を叫んで、身体全体で己の怒りを表現した。

 オージルシークスはそれには答えず、イリシッドの狂乱ぶりを冷笑するにとどまった。

 ドラステイックスはオージルシークスが此方を見つめて冷笑しているのに気づいて、幾分落ち着いたようだった。

「何をしている? 速く行け!」
「いや、妾としては殺すのはやぶさかではない……が、それだけで貴様の気がすむのかと、ふと思うてな?」

 彼女の言にドラスティックスは考え込み、すぐさま結論が出た。

 すむわけがない!

「奴らをここへ連れて来い。奴らの目の前で一人、一人、脳みそを啜り絶望を味あわせてやる……!」

 怒りに滾るドラスティックスを見て、オージルシークスは再度クスクスと笑いながら、誂うようにワザと竜語でドラスティックスに問うた。

「bring me everyone?」
「エエエエブリワァァァァァァァァン!!!」

 ドラスティックスの発狂寸前のその様を見て、オージルシークスは囚われてから初めて声をあげて笑い出した。

「何がおかしい、このメストカゲめが!」
「可笑しくて堪らぬわ。妾を半ば支配している身のくせに人間ごときにしてやられるとはな。可笑しくて堪らぬ。実に愉快ぞ!」
「黙れ、黙れェェェェェェェェェェ」
「貴様のそのような声が聞けるとは……それだけでもあの人間たちは称賛に値す……グゥゥ!」

 ドラスティックス・アーシュテンドは魂砕きマイント・サンダーの力を強め、オージルシークスを苦しめた。

「転移の呪文を使ってさっさといけ、村の主だった連中を連れて来い。残りは殺せ!」
「ぐうう……フン!」

 オージルシークスは言われたとおり、転移した。

 できるだけ手加減してやるかと、心にもない事を思いながら。









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