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コルソス島奇譚 シーデビル

 人体には、鍛えたくとも鍛えられない箇所が存在する。それらを守るのが、防具というものだが、構造、或いは機能性という物の為に、防御率100パーセントという防具は、まず存在しない。
 
 では、それらを補うにはどうしたらよいのか?

 その答えは魔法である。

 どういった統計によるものか定かではないが、馴染みの職人は「約7割の確率で不意打ちを防ぐ」とジーツに語った。

「視界を遮られる兜は嫌いだろ。だから首に魔法の力場が形成されるようにしといたぞ」と。

 残りの3割は?

 と、尋ねると「てめえより上の技量の持ち主なんだぞ? 諦めてサクっと死ねよ」と無茶苦茶な事を言われたものの「それじゃあしょうがねえよなあ」と、彼の言うことに至極納得もしたのだった。

 その彼の作った魔法の力場が、今回は生きた。

 素早さを生かした体術の持ち主であるジーツといえど、伝説に謳われるモンクの縮地アバンダント・ステップやフェーバードソウルの信仰の飛躍リープ・オブ・フェイスの様に、空中を蹴るなんて真似はできようはずもない。とは言え、目の前に現れた巨大な氷蜘蛛が、こちらへ一気に跳躍し、自分が成す術なく、頭をパクリと咥えられる等、およそ、不意打ち上等を旨とするローグにとっては屈辱の極みと言えた。

 それでも、不可視の魔法の力場により、氷蜘蛛の牙は皮1枚で防がれているおかげで、どうにか生きながらえている。あとはこの虎口を脱し、雪辱を果たすだけなのだが――このまま2度3度と咀嚼行動をされても、自分の首が無事かどうかはわからない。何しろ職人の彼の言うことを信じるならば、10回のうち3回は防げないのだから。

 ジーツは手探りで自分の小剣をどうにか探り当てると、蜘蛛の体液で己が汚れるのも厭わず、矢鱈滅多に突き刺した。

 氷蜘蛛は反撃を受けるなんて思ってもいなかったのだろう。それくらい完璧な不意打ちだった。獲物の反撃に、驚きと手ひどい傷を受けながら、それでも首を噛み切ろうと口を動かし、獲物を弱らせる為に体を大きく揺らした。そのため、自分の弱点である腹部を、梯子のある開口部に晒す事になったのには気づかなかった。

「ジーツ!」
 
 床でぐったりとしているコボ達以外の全ての者が、突然の事態に泡を食い、顔面を蒼白にさせた。そんな中、事を冷静に見ているのはラースのみだった。彼は、即座に左腕の小口径秘術砲ルーン・アームを上方の蜘蛛へ向けた。最大発射圧まで10秒はかかる。彼はタルブロンに「牽制しろ!」と怒鳴り、背中の矢筒から右手で取れるだけの矢を取ると弾倉の天板を開放し、矢の小山を築くやいなや、左腕で矢がこぼれ落ちない様に抑えつつ、床に座り込み、自分の右腿に弓床を立て、怒涛の勢いで矢を発射した。3発撃ち終われば、弦を――本来は、両手でするのだが――右手で無理やり引きしぼり、再度発射し、右腕の限界――6秒間に18発の矢を、ジーツに当たらないように撃ち続けた。

 アーティフィサーの中でも、戦闘工兵と呼ばれる一握りのツワモノ達にのみ伝えられる無限の一斉射撃エンドレス・フューシレイドと言われる技だった。

 タルブロンは魔法の矢マジック・ミサイルを唱え、秘術による紫光の弾丸を発射した。目視による5つの誘導弾は、寸分違わずジーツの手による創傷に叩きこまれ、その傷口をさらに大きく広げ、体液を吹き出させた。セリマスもタルブロンと同様に焼光シアリング・ライトの魔法を使った攻撃を行った。彼女による一筋の白光は、呪文の名の通りに、何もかもを焼きつくす、神の怒りの如き光線だった。

 彼らの猛烈な攻撃を浴びて怯んだのか、氷蜘蛛はジーツをペッ、と吐き出すと、即座に逃走した。ジーツが蜘蛛の口から吐き出された瞬間、最大発射圧に達してはいなかったが、ラースは小口径秘術砲ルーン・アームをぶっぱなした。解き放たれた秘術の紫光は、螺旋を描く二条の光弾となって、蜘蛛へと突き進んでいったが、既の所で遁走した蜘蛛に当たることなく天井に激突し、むなしく散華した。

 氷蜘蛛の体液まみれになりながら、ジーツは梯子を降りてきた。

「さすがに死ぬかと思ったわ……」

 あっぶねーとボヤきながらジーツは首をコキコキと鳴らし、海水にもかかわらず、自分の顔をあらった。

「ジーツ大丈夫なの?」

 いつもはジーツをどやしつけるセリマスも、さすがに心配だったのか、ジーツを気遣った。

「平気だよ。平気だけどなんだありゃ? あんな虫を飼ってるなら先に言ってくれや」

 いつも陽気な顔を浮かべているハーフリングは、めずらしく苛立ちを隠さず、ラースのローブに一蹴り食らわそうと蹴りを放ったが、ラースとジーツの間にアマルガムが即座に割り込み、飛んできたジーツの足を掴んだ。

「マスターへの攻撃は控えていただきたい」

 ジーツはふん! と鼻を鳴らすと、アマルガムによほど強く足を掴まれたのか、右足をぷらぷらと動かしながら「で、どうする?」と皆に尋ねた。

「一瞬チラっと見えたが、登った先はなだらかな滝って感じだった。深さは踝程度だったな。奴はたぶん、滝の上でのんびり待ち構えてる。首をだそうものなら持ってかれるぞ」

 たぶん音を――振動を聴いているんだ、とジーツは付け加えた。

「振動を聴いているなら、こっちの会話はたぶん筒抜けね」

 そこまでの知性がなければいいんだけど、と、セリマスは、老婆のように疲れた声で答えた。

「あいつは一体何者なんだ? サッドが氷蜘蛛の大群に襲われたといっていたが、あれがそうなのか?」

 タルブロンも議論に加わろうとしたが『あれは……フロストバイトかクラークだ』というディックの呟きに誰もが振り返った。息も絶え絶えながら、リーヴゴットは共通語で「奥様の蜘蛛」と補足した。

「まいったなあ……こんな狭い筒の中でいつまでもいたんじゃ、休めるものも休めねえ」

 ラースがボヤき混じりに右腕をさすった。右腕はしばらくは使い物になりそうもない。

「マスター、隠し部屋の場所は何処に?」
「梯子をのぼって右だ。床に仕掛けがある。そいつをいじれば壁が動くぞ。奥に梯子があってな。氷へ阻まれた時上層へ行ける裏口になってんだよ」

 とラースは答えた。

 イングラムはしばらく考えて「提案があります」と言った。

「我々ウォーフォージドで梯子を登り、盾となります。その間に隠し部屋に飛び込んでください」
「こいつらはどうするんだ?」

 ラースはコボ達を指差した。

「一旦ここに置いていきます。組を分けるんです。部屋に飛び込む組とこちらに残る組に。我々が部屋に飛び込むことで、蜘蛛がのこのこやってくれば、挟撃が可能になるかもしれません」

 その提案に皆、考え込んだ。

 部屋に蜘蛛がやってくれば、合図で梯子組が飛び出し攻撃できる。部屋組を無視して梯子に蜘蛛が向かっても挟撃できる。悪くない案に思えた。いずれにせよ、狭いこの場所でいつまでもじっとしているわけにはいかなかった。

「皆、どうだ?」

 ラースが全員の顔を見渡すと、誰もが肯定の頷きを返した。

「タルブロン、加速ヘイストの呪文を、セリマス、耐氷レジスト・エナジー・アイス移動の自由フリーダム・オブ・ムーブメントの加護をもらえないか?」
 
 サッドの話によると、相手はこちらの自由を奪うたために、蜘蛛糸の塊を吐いてきたという。ならば、それを万が一浴びても、移動の自由フリーダム・オブ・ムーブメントの呪文をかけてさえいれば、無効化できるはずだ。

「誰がむこうに行って、誰がここ残るの?」

 セリマスがそうラースに尋ねると、彼はしばらく考えて「イングラム、アマルガム、ジーツ、セリマスが部屋組、俺とタルブロンが居残りだ」とセリマスに答え「作戦にちょいと変更を加えたい」と言った。

「変更って、どんな?」
「イングラム、アマルガム、ジーツ達が部屋を確保したら、お前たちはなんとかして蜘蛛を部屋に誘い込め。誘い込んだら、蜘蛛の脇をどうにかすり抜けて背後に回れ、ジーツは蜘蛛が入る直前に部屋を閉めるんだ」
「それでどうするんだ?」
「部屋がしまったら、火炎砲塔フレイム・タレットを召喚する」

 それは熟練のアーティフィサーのみが使える召喚魔法で、アダマンティンの粉を物質要素として要求される。名前の通り、四方八方に炎を撒き散らし、敵を一定期間近づけさせない。或いは、誘い込んで焼き殺すための恐るべき魔法だった。

「害虫は焼き殺せ。どんなに挑発しても奴が来ないようなら、コボ達もおぶって、隠し部屋に篭って休むだけさ。どうだ?」

 その場にいる者たちは、誰も反対しなかった。

「じゃあ、やるぞ。イングラム、アマルガム、行け」

 ラースの命令に、セリマスとタルブロンは、指定された呪文の加護を両者に授け、イングラムとアマルガムは、梯子を登っていき、最後の数段のところで、動きを止めた。

 イングラムはそっと頭を出して、前方を見た。ジーツの言う通り、なだらかな滝となっている。しかし、汲み上げられ掛け流しになっている海水のほとんどは、梯子のある開口部に押し寄せことはなく、その手前の床にあけられた隙間を通して、別のところへ流れ込んでいた。

 滝の上には、もうひとつの噴射措置があり、本来シーデビルに向けられるべきものは、ダイアモンドダストの如き噴霧となって、下流へと吹き流されている。その装置の前方に陣取って噴霧を浴びているのは、先程の氷蜘蛛、クラークだった。あれだけ、攻撃を受けたというのに、まったくの無傷に思える。その氷蜘蛛が口元をモゴモゴと動かすのを見て、イングラムは己の危険を悟り、慌てて頭を引っ込めた。

 もしも、イングラムが頭を引っ込めるのが、あと半秒遅かったら、彼の顔面装甲は大きなくぼみができていただろう。クラークの発射した氷の弾丸は、鏡面処理されたイングラムの頭頂装甲を僅かに削りながら、後方の壁に叩きつけられ砕け散った。

 直撃したわけでもないのに、頭部をぐわんと揺らされたイングラムは、意識があるにもかかわらず、体の制御を失い、梯子から手を離し、下へと落ちていった。それを救ったのは、兄弟機であるアマルガムだった。とっさに手を伸ばし、落ちてゆくイングラムの腕をなんとか掴むと、力を振り絞って引っ張り上げ、無理やり抱き寄せた。

「しっかりしろ、大丈夫か兄弟」
「……ああ、すまない助かった、礼を言う兄弟」

 氷が壁にぶち当たる轟音と共にウォーフォージドが落下しかけるのを見た者たちは、安堵のため息をついた。

「イングラム、大丈夫か?」
「すみませんマスター、油断しました。次は失敗しません」

 イングラムは自分の主にそう報告すると、再び梯子を登り、今度はそのまま飛び出した。

 そんな行動を取れば、必然、前方から氷の弾丸が飛んでくる。

 イングラムは、背中の預けてある相棒、両刃の大戦斧を手に掛け、両手で持つと横薙ぎに一閃した。飛んできた弾丸をまともに受けるのではなく、斜めに弾き返したのだった。

 イングラムのその行為は、アマルガムを守るものだった。アマルガムはイングラムが稼いだ時間で、どうにか梯子を登りきり、イングラムの横にならんだ。

「ジーツ、セリマス来い!」

 アマルガムが呼びかけると、返事の代わりに飛んできたのは、糸弾だった。アマルガムとイングラムはその糸弾をもろに浴びたが、呪文の加護のおげで、粘着性の糸はするり抜け落ちて、床を汚く汚すだけだった。

 クラークは糸弾が効かないと悟ると、氷弾を何度も吐き出したが、二人のウォーフォージドの大戦斧の前にたやすく弾き返され、ジーツとセリマスの登攀を許してしまった。

 登り切ったセリマスは焼光シアリング・ライトを唱えてクラークを攻撃した。一条の光が氷蜘蛛を襲ったが、氷蜘蛛の回避行動によって、わずかに掠っただけで、さほど傷がついているようには見えない。それどころか、そのわずかな傷は、噴霧を浴びただけでたやすく癒えてしまった。

 これは、噴射装置に癒しの効果があるというわけではなく、氷蜘蛛という生物がそういう生き物なのだと、セリマスは嫌でも悟らざるを得なかった。ラースの言う通り、あの蜘蛛を引きずり込んで焼き殺す必要がある。

「こいつ回復してるわ! ラースの言うとおり、ひきずりこんで焼き殺さないとダメよ!」

 一方ジーツは、床にあるという仕掛けに気づき、そこを踏み込むんで、隠し部屋の扉を開けていた。

「開いたぞ!」

 ジーツの呼びかけに、ウォーフォージドの二人を援護をしていたセリマスは、慌てて飛び込んだ。隠し部屋は5ヤードは四方の部屋で、奥に梯子がたてかけてあった。

「イングラム、アマルガム、早くこちらへ!」

 セリマスは、さながらバッティングセンターの様相を呈し始めた二人に呼びかけ、応じた二人は隠し部屋に入った。


 †  


 クラークは、部屋に入った者たちが気になっていた。先程手痛い目にあったが、体はすでに回復している。しかし、もう一回痛い目に会いたいかといわれると、答えは否であった。だが、しかし、餌は美味そうだ……。

 クラークは滝と噴射装置をうろうろと行きつ戻りつし、悩んだ挙句、本能に従うことにした。

 また傷つけられたら、この噴霧を浴びればいい。  

 自分にそう言い聞かせて、クラークは跳ねた。


 †
 

 巨体でありながら、音を立てずに着地したクラークに、隠し部屋の一同は驚嘆した。これほど音をたてないのであれば、気がついたら首を狩られて死んでいるなんて事もありそうだ。現にジーツが死にかけたわけで、皆、この油断ならぬ敵に、改めて闘志を燃やした。

 ギョロリと、赤い複眼に睨まれ、セリマスは思わず、ごくりと唾を飲み込んだが、腹の底から「いくわよ!」と声をあげ、盾を構え、戦棍を掲げた。

 ついに第二ラウンドが始まった。

 クラークは「きゅっるり」と可愛げに鳴き声をあげながら、自分の涎の匂いを濃厚に立てているジーツに狙いを定めた。前肢を振り歩げ、勢い良く振り下ろす。しかし、そこへセリマスが割って入り、硬い外骨格と豊富な筋繊維の棍棒を盾で受けた。そのきつい一撃に、セリマスは奥歯を割れんばかりに噛み締めて、体全体を使って、ついにこらえきった。

 ラースの提言の通りに、横をすり抜けようとしたウォーフォージド達だったが、クラークの巨体と長い肢に阻まれ、目標達成は叶いそうになかった。かといってダメージを与えれば、この臆病な蜘蛛は即座に逃げて再び傷を癒すだろう。

「ジーツ、セリマス、攻撃を受けながら、後退してくれ!」

 イングラムがそう声をかけた瞬間、クラークは右に飛んで、イングラムを壁に叩きつけて押し潰そうと、全体重をかけた。

「ぐううう!」

 イングラムはとっさに大戦斧を目前に出すことでガードはしたが、勢い良く、背中の壁と激突し、ぐいぐいと強大な圧力をかけられることで、アダマンティン装甲がギシギシと軋みの声をあげた。

 そんなイングラムを見て、アマルガムは助けに入らず、部屋の入口に走った。そして、床に隠されたスイッチを踏んで、部屋を閉じた。

「さあ、これでお前も我らも逃げられん。疾く死者の領域ドルラーへ逝くがいい。ただの虫けらに魂があるのなら、造られた我らにもきっと魂があるだろう」

 アマルガムはそう大見得を切りながら、大戦斧を構えた。 

 ウォーフォージド達は造られた存在であるが故に、常に自分の存在意義、魂の実在について考え、思い悩む者達がいる。死者の領域ドルラーへ行けるということは、その者に魂が存在するということであり、ウォーフォージド達にとって、それは一種の羨望でもあった。

 アマルガムは大戦斧を大上段に構え、そして振り下ろした。


 クラークは自分の失策を悟った。逃げられない。罠にはまってしまった。罠を張るのが十八番の自分が、相手の罠にはまってしまったのだ。

 彼は、何もかも食い殺してやる。全て腹の中にいれてやると、怒りをもやした。


 セリマスは戦棍を振り下ろしたが、硬い外骨格を持った肢に阻まれ、ガンッと音を立てて攻撃が流された。この蜘蛛はどうすれば攻撃を流せるか本能で知っているのだろう。こちらの攻撃角度を即座に読んで肢を伸ばしたり、縮めたりして、最適な角度で衝撃を殺し、或いは、空振らせた。

 しかも恐るべきは、それだけではなかった。

 自分の8本の肢を制御するだけでも驚嘆すべき生き物なのに、4人の熟練の冒険者を相手取って、なお攻撃を寄せ付けないのだ。のみならず、下手に引っ付いているせいで、呪文を唱える隙がまったく見いだせなかった。下手に呪文を唱えようものなら、鋭い肢が喉を突き破っているだろう。

 状況は、冒険者達に次第に不利になっていった。ついに加速ヘイストの呪文が切れたのだ。

 今、ここにタルブロンがいてくれたら……と、誰もが思った。

 戦斧を、戦棍を、小剣を持つ手が――誰もが、先程より鈍く感じ、明らかに威力も落ちていた。

 冒険者達に焦燥が募る。罠にはめたつもりが、はまっていたのは自分達ではないのか? と。
 

「おい、仲間はずれは寂しいだろうが」

 状況を打破したのは、隠し部屋の扉を開けたラース達だった。傍らにはタルブロンもいる。

 ラースの左腕にある小口径秘術砲ルーン・アームの砲身は、衛星のように巡る3つの竜水晶が猛烈な勢いで回転して、すでに最大発射圧に達している事を示していた。

右手はリピーティングクロスボウを構え、弾倉には矢の小山ができている。

 ラースはクラークの晒された腹にむかって、秘術の紫弾3発と18発の矢を叩き込み、タルブロンは灼熱光線スコーチング・レイを叩き込んだ。

 腹部に強烈な痛みを感じたクラークはさらに狂乱し、暴れに暴れ、余計に手がつけられなくなった。

 援軍の登場にセリマス達は湧き上がり、士気を取り戻すと、猛烈に攻撃をかけようとした。ところが「お前らこっちへ来い、タルブロン、跳躍ジャンプを」とラースが呼びかけ、入り口の近くにいたウォーフォージド達は、主の意図を察すると、クラークを猛烈に攻撃し始め、奥へ、奥へと追込め始めた。

 タルブロンの魔法が完成し、セリマスとジーツに跳躍ジャンプの加護が備わると、彼らは、クラークを飛び越えて、部屋の外に出た。一方、ラースは脳のテンションを高速詠唱クイックンへ持って行き、アダマンティンの粉末を握りしめながら、その指先で複雑な印を編みながら呪文を詠唱した。同じように、タルブロンは燐を手にしながら、印を結び、呪文を詠唱してゆく。

 高速詠唱クイックンを用いて詠唱したラースのほうが、当然早く呪文が完成した。

「イングラム、アマルガム!」

 ラースが二人の従者に声をかけ、下がらせる。二人のウォーフォージドは、さっと飛び退き、入り口まで、戻ってきた。次いでタルブロンの呪文が完成する。

「とっとと焼け死ねクソッタレ」

 ジーツは隠し部屋の入り口の石に体重をかけ、扉を閉じた。

 先に完成したラースの呪文、火炎砲塔フレイム・タレットは部屋の、やや奥よりに召喚された。

 床に顕現した四角い召喚魔法陣は、ラースの複雑な指使いで編まれた印の様に、錬金術の秘奥が複雑に現れていた。そこから四角錐の砲塔が上へとせり出し、側面四方には、竜の頭を模した砲身がつきだしていた。

 火炎砲塔フレイム・タレットは隠し部屋に現れるやいなや、その竜口から猛烈に炎を吹きながら、ゆるやかに回転し、四方八方へ炎を撒き散らし始めた。同時に、タルブロンの火壁ウォール・オブ・ファイアが隠し部屋の入り口で最大火力で燃え続け、クラークを火だるまにした。

 ピィィィィィィィィイイイと、甲高い泣き声をあげて、クラークは出口を求めて走り回ったが、密閉空間と化した部屋にはそんなものはなかった。人間が上層へと抜ける入り口はあるが、操作しないと開けることはできない。人間未満の知能しか持たない、哀れな氷蜘蛛は、炎を消すべく、体を壁にこすりつけたりして、自分の命が潰えるその時まで必死にあがき続けた。

「やれやれ、やっと終わったか」

 全員が傷つき、疲れ果てていた。

「蟲の死体の横じゃ休めねえな。臭ぇし。もうちょっと待ちな。上の噴射装置止めれば、騒音なく寝れるぜ」
「噴射装置を正常に作動させないとシーデビルが復活するんじゃないの?」

 セリマスはそうラースに尋ねたが、返ってきたのはラースの明るいダミ声だった。

「もう3ケ月も停まってたんだ。あと6時間止めたって大差ねえよ。いざというときの安全対策もご先祖様がきっちりしてらぁな」

 そういってラースは屈託なく笑った。

「イングラム、アマルガム、コボ共を背負ってここまで連れて来い。俺は装置を止めてくる。皆はここで少し休んでおけ」

 ラースは従者たちにそう命令すると、冷水の滝をざぶざぶと音を立てて登っていった。登りついた先には、立方体の噴射装置が定期的に轟音を立てていた。噴射装置の背後には、鉄格子がはまっていて、その10ヤード奥には、巨大な海トロールが眠っていた――

 ラースは一旦停まった所を見計らって、装置に近づき、装置の周りに施されている秘術の制御タイルを動かした。自分の小屋に仕掛けた物と同一の制御タイルだったが、これは立方体であるので、より難しい3次元のパズルとなっていた。

 ラースは鼻歌交じりでタイルを動かし、1分もかからず装置を停止させた。

「おーい、終わったぞ。上がってこいや」

 下流にいる者たちに声をかけ、自分はタイルにドカっと腰かけ、目の前にいる巨大な海トロールに声をかけた。

「よう、化けモン。だいぶいい面構えになったじゃねえか……まったくご先祖さまサマだぜ」

 ラースの目の前には微睡む海トロールがいる。目の前の鉄格子ごしに氷漬けにされたトロールの醜悪な顔が見えるはずだが、それは見えなかった。

「……何……コレ?」

 登ってきたセリマスが呆然とつぶやいた。

「みりゃわかるだろ。これがご先祖様の安全対策さ」

 眠っているシーデビルの首から上は、暗緑色のスライムウーズに覆われていた。

 しかも尋常な大きさではない。

 それは――ゼラチナス・キューブと呼ばれるものだった。







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