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断章 嘆ケ峰、荒廃した墓所、波高亭

 嘆ケ峰の洞窟内部奥深く――白竜オージルシークスは、絶え間なく浴びせられる精神波に屈服するまいと、唇を噛み千切らんばかりに強く噛み締め、広大な洞窟の岩棚から自分を見下ろすイリシッドを睨みつけていた。
 淡い紫色のぶよぶよとした皮膚、タコそっくりの頭部、その口元からは、手の指と同じく4本の触腕が生え、薄紅色の先端は爪先と同じく、人が殺せそうなほどに鋭利にとがっている。

「マインド・フレイヤー如きが妾を支配下におこうなぞ笑止千万よ。さあ降りて来やれ、今なら苦痛なく殺してやろう」

 オージルシークスはそう息巻いたが、実のところ、強大な精神波に抵抗するのに精一杯で、旗色が悪いのは誰が見ても明らかだった。しかも敵は、アイス・ブレスの届かない所から彼女を見下ろしている。それでも、届かないとわかってもなお、憎いマインド・フレイヤーへ向けて、オージルシークスはアイス・ブレスを吐きつけた。

 オージルシークスが口にした脳ミソ喰らいマインド・フレイヤーという種族名は、彼らを恐れる他の種族がつけた名前であって、正式な種族名ではない。彼らは自分達をイリシッドと呼び、狂気の次元界ゾリアットの住人である。

 イリシッド、ドラスティックス・アーシュテンドが立っている岩棚には、魂砕きマインド・サンダーが安置され、正五角錐柱の巨大な緑宝石がゆるやかに回転し、イリシッドの送る思念波を増幅して、オージルシークスに注いでいた。

 ドラスティックスは、襲い来る冷気の余波から体を守るために、ローブの襟を立てた。真っ当な人間なら、誰が見ても怖気を振るうようなローブだった。色は活き活きとした艶気のある皮膚の色、デザインは――例えるなら、外科の手術で開腹し、めくり上がった内臓で、着る人間を包みこむようなものだった。もしかすると、本当に生きているかもしれない。毛細血管のような線が規則的に脈動のような動きをしている上に、体温があるのか、仄かに湯気まで上がっている。ベルトのバックルは何かの生物の頭蓋骨の眼窩に鎖が通っていて、彼が動くたびにジャラジャラと音がした。
 
「……なんと頑強な精神であることか。いや、魂砕きマインド・サンダーを持ってしても、よくぞここまでと言うべきか……」

 ドラスティックスは、感嘆の声を上げた。相手は齢数百を超える成熟した竜である。むしろ抵抗できて当然というべきかもしれなかった。

 こんな調子で任務を続行できるのか――アクリル素材の巨大な水槽の前で長老脳エルダー・ブレインから受けた任務をドラスティックスは思い出していた。


 ゾリアットの善良たる住人――ゾリアットで善良とは、他人の運命をねじ曲げ、その肉体を原型がわからないほどに改造することである――イリシッドたるドラスティックス・アーシュテンド、ベルトリックス・メルマーム、そして罰当たりなもう1人はこのコルソスにやってきた。


 "これはクオリの連中からの依頼だが、かの島には古代巨人族と戦ったウォー・フォージドが未だに眠っているという。それを回収する。拠点として、クオリの連中が使用していた基地を自由に使って良いそうだ。我らは報酬として魂砕きマインド・サンダーを貰い受けることになっている。あれは我らの思念力を大幅に増幅させる大変貴重で、役に立つ魔法の品アーティファクトだ。それがあれば、我らは多大な恩恵を受けることができるだろう"


 重大な任務である。しかもたった3人でやらねばならない。

 古代巨人族と戦った古のウォー・フォージドは、全高12メートルに達する鋼鉄の巨人である。それがコルソスのどこかに眠っている。見付け出したとて、それが地中や海底にあったら、回収するには膨大な労力が必要になるだろう。

 ドラスティックス達は、まず、嘆ケ峰の洞窟にあるクオリの基地を整備することにした。

 ところが、である。

 名前を出すのも忌々しい罰当たりが「脳食ってる場合じゃねえっ!」と、訳のわからない事を言い出して、この基地を飛び出してしまったのだ。後に残されたドラスティックスとベルトリックスは突然の事態に唖然とする他なかった。

 ……元々あの罰当たりは、脳をプリンと称し、食べる時は「yummyおいちぃ♪」と言いながら啜るという奇行をしでかす奴だった。ドラスティックス達は、彼のあまりの奇行ぶりに、イリシッドを破滅へ導くと伝えられる『反抗者』なのではないかと疑っていたのだ。

 とまれ、ドラスティックスは基地を、ベルトリックスは罰当たりの探索に当たることになった。

 ドラスティックスが基地の奥深くに転がっていた魂砕きマインド・サンダーを見つけ、基地を使えるように整備し終えた頃に、ベルトリックスから「罰当たり」を捕らえて檻に入れたと、連絡が入った。この罰当たりを即座に処分しようとしたのだが、アクリル素材を見つけた事で長老脳の覚えが目出度く、処分は許可されなかった。(この素材のおかげで、従来よりも水槽を巨大化する事が可能になり、内部で揺蕩う長老脳は今まで以上に成長することが可能になった。この素材を創りだした次元界を発見し、作り方のノウハウを貪り喰らって手に入れた忌々しい罰当たりは、死後、脳を長老脳に統合される事を約束された)

 結局は檻の中に放置である。任務がすむまでこのままだ。

 魔法の水晶球で島の隅々を覗いていて、たまたま飛んでいた竜を絡めとるのに成功すると、そいつに付近の船を襲わせ、まずは自分達の食料を得ることにした。死骸は捨てるのが常だが、忌々しい罰当たりが持ち込んだ「MOTTAINAI精神」とやらが、ゾリアットでは最近の流行である。

 ベルトリックスは死体をゾンビに変え、施設防御に役立てることにした。

 基地の運営、オージルシークスの調教、ウォー・フォージドの捜索と、山積している仕事をどうにか崩していると、今度は、この白竜を屈服させんと、挑んでいたベルトリックスがオージルシークスに踏みつぶされて死んだ。屈服した振りをしたオージルシークスにうかつにも近づきすぎて、敢え無く踏みつぶされるという無残かつ、無様な最後を遂げたのだった。

 ベルトリックスはドラスティックスに何かと絡んできた奴だった。うざったい奴がいなくなって清々したものの、長老脳エルダー・ブレインから与えられた任務の大変さを思うと、あんな奴でも仕事においては、そこそこ使える奴だったなと、ため息を付くドラスティックスだった。

 ドラスティックスの仕事はいよいよ増えるばかりである。

 餌の脳を啜り、操り人形ヴォイド・マインド化することで、探索、敵の排除を自動化し、人形達の精神を覗いて、不満を聞いてやったり指示したりと、さながら、マルチ・モニターで株価とにらめっこする地球のデイ・トレーダーの如き忙しさだった。だというのに、件のウォーフォージドは何時まで経っても見つからず、オージルシークスはいまだに一部の事しかいうことを聞かず(ストレス発散に船を破壊とか、ペットを召喚して愛でたりとか)、同僚はあっさりと死に(墓碑にはポックリックスと改名して刻んでやった)、罰当たりのいる檻を人形を通してみてみれば、ハーフリングの女と呑気におしゃべりに興じている……。

 どうしてこうなった……。
 
 自分を口汚く罵る白竜を眼下に見下ろしながら、ドラスティックスは頭を抱えた。


 †


 ジーアがディックに語った通り、水路の奥には、放棄され、荒廃した墓所の入り口が、ぽっかりと口を開けていて、その中に罰当たりと言われたイリシッドー、フレッドと、ジョラスコ氏族ハウス・ジョラスコの女性、ドールセン・ド・ジョラスコが、檻の中に収容されていた。と、言っても、同じ牢というわけではない。牢の中にもう一つ鍵のついた格子が牢と牢を区切るように互いを遮っていて、この墓所の入り口正面から見ると、右奥にフレッドが、左奥にドールセンが収容されていた。

 檻の前には、苦悶に満ちた表情を浮かべたハーフリングの氷像が、まるで、彼らを見張るように10体ほど立ち並んでいた。肉体の芸術家であるイリシッド、ベルトリックスの仕業だった。この芸術に恐れ慄いているのはドールセンだけだった。終始俯き加減で、長いワンレンの金髪を顔の全面に垂らし、できるだけ氷像が視界に入らないようにしていた。

 フレッドは何の感銘も受けてはいなかった。衛生的でいいなと思ったくらいである。

 3ケ月も檻の中にいて、することがなかったフレッドは、話し相手が出来たことに喜んだ。気さくに「君、どこからきたの?」とか「ハーフリングってマジで背小さいんだね」とか、ナンパするチャラ男の様に、努めて明るい声で、タレ目の女の子に語りかけたのだが、ドールセンは顔を青ざめさせて、口を真一文字に結び、頑なにフレッドを拒絶した。

 9000年前、狂気の次元界ゾリアットの次元軌道が、エベロンに最接近したせいで起こったデルキール戦争は、各ドラゴン・マーク・ハウスに所属する子弟なら、歴史の授業で習う大事件である。その尖兵として作られた生物兵器マインド・フレイヤーがドールセンの目の前にいる……。
 
 まさに、悪夢以外の何物でもなかった。

 彼女は自分の身をどうにかして守ること以外、考える事が出来なかった。ただひたすらに「自分が食べられませんように」と至上の主人たちソヴェリン・ホストの神々に祈る他なかった。だから彼女は、そのマインド・フレイヤーが、何故、自分と同じ様に檻に囚われているのかと、考える事ができなかった。

 頑なに会話を拒絶する、そんな彼女の胸の内を、フレッドは知ってか知らずか「……人間、やっぱ顔だな」と、口元の触腕をしょんぼりと、うなだされさせるのだった。

 
 ドールセンに話しかけ、無視されるというやり取りを、フレッドが諦めずに続けていると、檻の正面にある壁が右にスライドして誰かが現れた。フレッド達が注視していると、ドールセンと同じぐらい背の低い生き物……ハーフリングの男だった。

「ハンサム・ウィル……!」

 隣の牢から、ドールセンの驚愕、息を呑む声が聞こえた。

「誰? 知り合い?」 

 フレッドの問いを無視して、ドールセンは鉄格子を握って、目の前のハーフリング、ハンサム・ウィルに向かって助けを訴えた。

「ウィル! 助けて!」

 しかし、赤毛の二枚目を気取ったハーフリングは、彼女を無視して、フレッドの方に近づき、怪訝な表情で彼を見ている。

 フレッドにはハーフリングの美醜は判断出来なかったが、隣の彼女が言うように、ハーフリング業界ではハンサムなのかもしれない。だが、その目は必要と有らば、どんな手段でも使ってでも伸し上がろうとする傲岸さに溢れ、やや引きつった口元からは不遜な言葉が零れでた。

「旦那、こんな所で何やってんです?」
「ウィル! 一体何を言ってるの、私です。ドールセン・ド・ジョラスコです!」

 ドールセンは、悲痛な声でそう訴え続けた。が、ハンサム・ウィルはうざったそうに、ドールセンを睨みつけ「うるせえから、黙ってろ」と吐き捨てた。

「旦那、この女をまだ食ってなかったんですか? さっさと操り人形にしちゃって、ストームリーチのジョラスコ居留地をまるごと頂いて、あっしはそのオコボレをもらうって計画だったじゃないですか。何かあったんで?」

 ハンサム・ウィルの言葉を聞いて、ドールセンは口元を抑えて、後ろの壁まで後退った。衝撃をうけた彼女は、ガタガタと震えだし、そして静かにすすり泣きを始めた。

 こいつ誰だっけ?

 フレッドの頭上で、クエスチョンマークがランバダを踊っていたが、謎は突然氷解した。

 ……この男は自分とベルトリックスを勘違いしている!

 フレッドはここから出るための算段を急いで巡らせた。

「鍵が勝手にしまって難儀してるんだ。開けてくれ」

 ハーフリングに向かって、フレッドは訴えた。

「わかりました。誰か呼んできます」

 ウィルは入り口に向かって、駆け出そうとした。

 やばい! 泡を食ったフレッドは、慌ててウィルを引き止めた。

「待て待て! きみ……お前がここを開ければいいではないか」

 フレッドは、ベルトリックスらしい傲慢な声色でウィルに尋ねる。

「そりゃまあ開けられないことはないですがねぇ」

 ウィルは怪訝そうな顔をしながらも、言われたとおりに行動した。ドールセンは自分の運命を悟って、まだ泣いていた。

 ウィルは懐から盗賊七つ道具と呼ばれる内の一つを取り出すと、ドールセンのいる檻の鍵をガチャガチャといじりだし、ものの10秒程度でカチリと小さな音がして、檻を開けることに成功した。

「お前の解錠技術は素晴らしいな」 

 フレッドは、ウィルの腕を素直に賞賛した。

「あの船に乗ってりゃ、イヤでも覚えさせられますからねえ。さて次は旦那の檻だ」

 ウィルは、牢の隅っこですすり泣いているドールセンが、逃げ出さないように注意しながら、先ほど使った細長い針金のような金属片を、鍵穴に差し込んでガチャガチャいじりまわして、解錠した。

 解錠自体は成功したが、ウィルが手に持っていた金属片は、極端にひしゃげてしまっていた。それがもう使い物にならないと判断した彼は、格子の向こう側へほうり捨てたのだが、それが彼の不幸の始まりだとは、この場にいる誰もが想像だにしていなかった。

 彼が投げた金属片が、氷像に、かつん、と当たると、その場にある氷像達が次々に割れていき、中の死体が露になった。そして、開放された死体達は、自分を解き放ってくれた者を見据えた。

 氷が割れて死体が露になってゆく中、ウィルはいち早く精神を立てなおした。

「くそ! こいつらゾンビじゃないか!」

 叫びながら、牢から出るや、腰の短剣をウィルは音もなく抜いて、構えた。

「旦那、なんとかしてくださいや!」

 ウィルはフレッドを守るために、檻の格子に背を向けて、ナイフを構え、ゾンビに相対する。

 フレッドは牢からのっそりと出ると「あ~、ゴメン、無理」と宣い、小柄なハンサム・ウイルの小柄な背中を思いっきり蹴飛ばした。 
 
 まさか背後から蹴りを食らうと思っていなかったハンサム・ウィルは、ゾンビの目の前ですっ転び、あまつさえ、持っていた短剣すら手放してしまった。

「旦那! 助け」

 助けを求める声は途中で悲鳴に変わった。死人達の爪が、肉を引き裂き、やがては咀嚼する音と共に変わってゆく。

 しかし、小柄なハンサム・ウィルの体では、総勢10人に及ぶ死人達を満足させることなんて、到底かなわなかった。あぶれた死人が5人ばかり、フレッド達を見つけ、そちらへににじり寄ってくる。

 (うーん、全部あっちに釣られてくれば逃げられたのになあ)

 アテが外れたフレッドは、戦う覚悟を決めた。 

 空腹に耐えきれなくなったのか、そのうちの一匹がフレッド近づき、襲いかる。

 マインド・フレイヤーの武器は、その強力な思念波にある。尋常の生き物であれば、思念波を通じて、敵の精神を朦朧化させたりできるのだが、相手は尋常ならざる死者達だ。すでに死んでいるが故に、マインド・フレイヤーが最も得意とする精神攻撃が一切通じないのだった。死者達は言わば、マインド・フレイヤーにとって天敵なのである。

 良かれと思って提唱した「MOTTAINAI精神」が、まさか自分に跳ね返ってくるとは……。

 フレッドにとってはまさに計算外だった。

 襲いかかってきた1匹を口元の触腕で殴り倒したが、さほど効果があるとは思えなかった。肉体の腐敗度合いにもよるが、切れ味が鋭い刃で、切り裂いたほうが効果的なのだ。逆にスケルトンなどの骨しかない死者には鈍器などの打撃が効く。

 以上の情報は、前衛の戦士達が、まさしく身を以て得た大切な戦訓であった。フレッドがそれを知っているのは、彼らの脳を啜ったからに他ならない。

 フレッドの口元に生えている4本の触腕は、打撃を与えることができるが、切り裂くことはできなかった。それでも、触腕を伸ばせるだけ伸ばして、こちらを食わんと近づく死人どもの頭めがけて振りおろし、運良く2体の頭を叩き潰すことに成功したが、奴らはどんどんこちらへにじり寄ってくる。

 フレッドはたまらず「バ、バール! バールのような物! あれがあればどんな物でも壊せるんだ! レンチとかナイフでも可!」と、叫んで振り返ったが、振り返った先、檻の中にいるハーフリング、ドールセン・ド・ジョラスコは目を閉じ、耳を塞いでいるだけで、なんの役にも立ちはしなかった。

 フレッドは檻の内側に一歩ほど後退し、敵が複数で襲いかかるという事態を免れた。触腕を伸ばして、敵の急所、主に頭へ向けて、子供が腕を振り回すように、無様でみっともない、されど己の命を賭けて、懸命に戦った。闘いつつ、ドールセンに向けて怒鳴った。

「君、ジョラスコの人でしょ! 何か、癒しの魔法とか使えないの!? こいつらに癒しの魔法をかけたら、ここから脱出できるんだよ!」

 フレッドの叫びは狭苦しい墓所に反響した。

 ドールセンの目に光が戻る。

「……どうして、私を見逃そうとするのですか?」
「僕も君と同じように捕まってるから……ねっ!」

 フレッドの触腕を掴んで齧ろうとするゾンビを、残った触腕で張り倒し、フレッドはどうにか危機を脱した。が、死んだウィルを美味しく食している連中も含めて、まだゾンビは8体も残っている。

「捕まっている?」
「うん、僕は裏切り者だからね。仲間のところから逃げてきたんだ」

 さすがのフレッドも息が切れ始めたのか、動きが鈍くなっている。だがゾンビの、永遠満たされることのない食欲は、フレッドを執拗に狙い続け、フレッドもゾンビの素手による攻撃を何発ももらうようになった。 


 ドールセンはフレッドの言葉を聞いて、そして、彼を攻撃するゾンビ達を見て考えた。

 ……彼は自分に話しかけただけで、特にひどいことはしていない。鉄格子越しに触腕を伸ばして、自分の脳を啜ろうと思えばいつでもできたはず。私を閉じ込めたマインド・フレイヤーならゾンビに命令すればすむものを、今も、ゾンビと戦っている……。

 彼の言っている事が真実なのかどうかはわからない。でも、ここを出る間だけは共闘できるかもしれない。

 ドールセンの腹は決まった。

 彼女は左腕の袖をまくった。そこにはジョラスコ氏族特有の癒しの竜紋ドラゴン・マークが刻まれていた。癒しという技は共通だが、竜紋ドラゴン・マークの紋様自体は、個々人によって違う。ドールセンの場合、小さい蔦の葉が3つ、中くらいの葉が3つ、大きい葉が3つ。計9つの蔦の葉がブルーメタリックに輝いていた。

 彼女はフレッドの背中に手を当てると、力を開放させた。すると、小さい蔦の葉が輝き、やがて鈍色に変色した。休息を取れば、元の輝きに戻るだろう。

 ドールセンの手のひらを介して、フレッドの背中に温かい力が流れこんでくる。

「お? おおおおお!」

 フレッドは自分の中の活力が漲ってくるのを感じた。

 これなら、もう少しだけ戦える!

 フレッドはある一つの作戦が浮かんだので、それを実行することにした。

「危ないからちょっとだけ下がって」

 フレッドはドールセンにそう指示をだした。言われて、彼女も素直に後ろに下がる。

 ゾンビ達はどれもハーフリングなので、当然のことながら、小柄な者ばかりだった。しかも生きてる時ならともかく、今は動きの鈍い死人だ。

 フレッドは、牢の内側に侵入したゾンビに、足払いをかけた。

 つんのめったゾンビが前のめりに倒れて、したたかに顔面を打ち、微かに鼻骨が折れる音がした。その背中をフレッドが踏みつけ、ドールセンに叫んだ。

「頭を癒しの技で破壊するんだ!」

 フレッドは彼女にそう指示しながら、自分の触腕で、さらに侵入しようとするゾンビを牽制する。ドールセンが仕事を終えるまで次のゾンビはいれない。これが彼の作戦だった。

 だが、それは残酷な作戦だった。

 ドールセンの目の前であがいている死人は、どれもこれも彼女と同じハーフリングなのだ。

 彼女は、ひゅっと息を飲んで、なけなしの勇気を振り絞って手を伸ばし、同族の頭に、噛まれないよう注意しつつ、腕に刻まれた力を行使する。

 負の力で突き動かされていた死体が、正の力の奔流に飲まれて荒れ狂い、それに従って、手足がバタバタと暴れてたが、やがて動かなくなった。

 ……自分は、迷える魂を、死の領域ドルラーへ送ったのだ。

 そう言い聞かせながらも、ドールセンは、自然と涙を流していた。涙が止まらなかった。

  
 あとは、単なる流れ作業も同然だった。

 
 竜紋ドラゴン・マークの力をすべて使って、一人残らず正しい状態へ導いた。

「こめんね。トドメを君に任しちゃって」

 フレッドは彼女に頭を下げた。

「……いえ、むしろ、彼らの魂を癒してあげることができたかもしれません」

 ドールセンはまだ泣いていたが、笑顔……とは到底言えないが、それでも、その顔は曇ってなどいなかった。

「じゃあ、改めて自己紹介ね。僕はフレッド、見ての通りイリシッドだよ」

 よろしくね、と、フレッドは手を差し出した。

「ドールセン・ド・ジョラスコです」

 そう言って彼女は、ローブの裾を軽くつまんで、膝を折って、しつけの行き届いた子弟らしい、気品に満ちた挨拶をしてみせた。

「さて、お互いの詳しい話をおいおい話そう。まずはこの狭っ苦しくてかび臭い所を脱出しよう」
「ええ、同感ですわ」

 牢を出て、ハンサム・ウィルが入ってきた、スライドする壁を通り抜けると、そこは長い上り階段になっていた。ドルーセンが先頭に立ち、フレッドがその後ろで、階段を登りはじめたのだが、その途端、フレッドが落ち着かなげに、何やら、そわそわしだした。

「フレッド、どうしたの?」

 振り返ってドルーセンは尋ねた。

「あ、いや、そのー、君の……」
「私の……何かしら?」

 フレッドは口ごもり……唐突に触腕を伸ばして、ドルーセンの頭を絡めとる。悲鳴を上げる間もなく、触腕に引きづられてドルーセンはフレッドに抱きしめられた。

 つむじのあたりに熱を感じたと思ったら、じゅるるると何かが吸われる音がして、ドルーセンの意識は暗闇に落とされた。

「ごめんね、久しぶりの食欲プリンには勝てなかったよ」


 †


 波高亭の2階の窓辺から、ルイズは空を眺めていた。すでに日は落ちて、水平線の彼方からだけでなく、太陽の明かりで見えなかった月が複数現れ、それは浅い黄色や、薄いグレーの色だったりして、ハルケギニアにある双月とは、まったく違っていた。

 ……ボンクラ平民の言うことは真実だった。少なくとも、ここがハルケギニアではないという事は。ハルケギニアのどこに行っても双月は見える。こんな風に月が13個も見えるなんてことはありえない。

 召喚の呪文は、ハルケギニアのどこかに門を開き、自分にふさわしい使い魔の目の前に現れる……と、されている。春に行われる召喚の儀が、特別視されるのも今なら理解できる。だって、空間を飛び越えて、どんなに遠いところにでも繋がっちゃうなんて、とんでもない魔法だもの。まさか、自分が全く違う星にいるなんて思わなかったけれど……。

 (これからどうしたらいいんだろう……)

 ルイズが月を眺めながら、ぼんやりと考えていると、窓から優しく風が吹きこみ、部屋に奥まで流れていった。

 ……ドアが開いている?

 その事に思い立って、後ろを振り返ると、誰かが立っていた。ハルケギニアではありえないほど明るい月明かりが窓から差し込んでいたが、それでもその人物の顔は見えなかった。が、体格からして男であることがわかる。

 ルイズは「何者」と誰何し、杖を抜こうとした。
 
 だが、ルイズが言葉を発するよりも早く、男が懐に飛び込んできて、彼女の口元を手の平で塞ぎ、同時に、腹に男の膝がめり込んだ。自分の身に起きた突然の苦痛に、悲鳴をあげようにも、鼻と口を抑えられて息すらできなかった。杖を抜いて、不届き者に抵抗しようとしたが、追い打ちで何度も腹を殴りつけられ、意識が明滅する。

 ルイズは抵抗する気力すら無くしてしまい、ついに床にうずくまって、えずいた。

 侵入者は蹲るルイズの傍らにある杖を取り上げ、ルイズの手の届かないところに放り投げると、彼女の腹を再度、思い切り蹴り飛ばした。

 ルイズが完全に気絶し、動かなくなったのを確認すると、声を出せないように布で縛り、手足も縛り上げ、ズタ袋に彼女を放り込んで、肩に担ぎ上げて、大股で部屋から出ていった。



 この夜、ルイズ・フランソワーズとジャコビー・ドレクセルハンドが、波高亭から姿を消した。









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