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コルソス島奇譚 潜入とその結末

 ヴェッツ・スプラーに、副官として任命されたサファグン、ヒュール・エイは彼の命令に従い、村の偵察と、ある特殊な任務に赴いた。
自慢の背ビレと尻尾を巧みに使って泳ぐその姿は、海面から見れば一筋の槍のように鋭いものだったに違いない。村に近づけば熟練の、それも文字通り、特に目端の利くエルフやダークエルフドラウの船員が、村の沿岸部、桟橋、そして船で唯一無事なソウジャーン号の甲板にうようよといるのを知っていた彼は、警戒員の目の届かない海中へと沈み込むことで、付近の海面を探る、幾多の視線を躱した。


 ソウジャーン号の甲板には、石弓を携えた一等航海士、ヴァレリア・シンダーウィンドが警戒に当たっていた。村の結界による保温効果で暖かいのは桟橋までで、甲板にはその効果を及ばさない。ゼンドリック大陸の北東部、ヒュドラ河の河口にほど近い赤沼津レッド・フェンズの出身で、つるっつるに剃り上げた禿頭の彼女には、この寒風は殊の外堪えた。

 誤射の心配がないように、石弓の鏃こそ甲板へと向けられてはいたが、何時でも撃てるように、引き金の右側面には、人差し指が優しく添えられている。リナールがくれた手袋がなければ、悴んでまともに動かせなかっただろう。職務に忠実に励むことでリナールの信頼を得ていた彼女は、猫のように鋭い目配りで海面を、紫色の笹葉耳は、何がしかの異音がないかと聞き分けていた。

 トプン

 と、僅かに何か沈む音が聞こえた気がした。

 彼女は音をたてることなく、船縁へ近寄り、音のした方向へ石弓を向けたが、熟練の航海士であるドラウにすら、何の異常も見つけることはできなかった。音を聞き分けるべく、目をつむり、集中する――

 その時、後部船室の入り口から、同郷の彼女を頼って、職にありついたルナイとダスティが大声で口論しながら甲板へ出てきた。口論の内容は「ルナイは船長に抱かれることで甲板掃除をうまくサボることができた。ズルい」というくだらないもので、「抱かれただろ」「抱かれてない」と水掛け論に終始した。

 ヴァレリアは怒りのあまり、彼女たちに向けて、もう少しで引き金を絞るところだったが、自制心を必死に働かせることで、どうにか人差し指を引き金から離すのに成功した。

 海水と真水が混じり合う汽水環境の、荒れた沼地しかない赤沼津レッド・フェンズは、貧しいドラウ達の村だ。

 近年では、沼に生息する巨大な二枚貝から真珠が取れるため、この沼真珠と呼ばれる宝石をクンダラク氏族ハウス・クンダラクのドワーフ達が買い上げることで、どうにかやっていけてはいるが、ほかに産業といえるものは無く、女は結婚するか、蠍神ヴァルクーアの巫女として修行をするしかない。そんな生活に嫌気が差し、村を飛び出したヴァレリアだけに、ルナイとダスティが頼ってきたときは、親身になって世話をしてやったのだった。

 だというのに――あの脳足りんの馬鹿娘共ときたら! 人を頼って食い扶持にありついた癖に、サボル事だけは一人前で、私に恥をかかせることしかしやしない!

 ヴァレリアは石弓を下ろし、こちらに気づかず口論を繰り広げる、田舎者のドラウ娘達を冷たく睨んだ。

 役に立たないなら無理矢理にでも立たせてやる。

 最終戦争の最中に起きた『影の大分裂』として知られる、フィアラン氏族とチュラーニ氏族の血みどろの抗争以来、独立して歳若く、人手の足りないチュラーニ氏族は『立ってるものは親でも使え』と言わんばかりに、人の使いは荒いが、使える者は優遇される。今の自分がまさにその証だ。

 ヴァレリアは、ストームリーチについたら、チュラーニが経営する娼館『影の館』に、このバカ共を売り飛ばすようリナールに進言しようと心に決めた。それも有能な冒険者や商人向けではなく、下っ端の水夫や海賊を相手とする最下級の切り見世女郎として。誓ってミノタウロスやオーガー共の相手ばかりさせてやる。


 ……やがて、互いに髪を掴んで、殴り合いに発展した二人にヴァレリアはついにキレた。

「お前ら仕事しろ!」

 彼女は二人の足元に躊躇うこと無く矢を放った。



 村の桟橋に居た人々達は、甲板のドラウ三人娘の大喧嘩に目を取られ、一人のエルフ男性が、ソウジャーン号の船室に忍び込むのにはまったく気づかなかった。よしんば、気づいたとしても、チュラーニ氏族の誰かと見紛っただろう……。



 父なる海の腕に抱かれて生まれたヒュール・エイにしてみれば、甲板の馬鹿騒ぎがなくても、ドラウの目を逃れる自信はあった。が、彼は海神の加護に素直に感謝し、ディヴァウラーへの祈りを捧げたのだった。

 さて、どうするか――と、水深30ヤードのドロップオフで揺蕩いながら、彼は与えられた任務と自分の部隊について思案を始めた。サファグンは今、大きく四つの部隊に分かれている。その部隊の運営を預かる副官として、考える事が特に苦手な上司の為にあれこれ助言せねばなるまい。

 一つ目の部隊は地上にあり、海に棲む彼らにとって、海辺はともかく、あまり長居したい場所ではない。そのせいか、地上に配置されたサファグンの士気は大いに下がっていた。そろそろ交代させたほうがいいだろう。彼らの士気を回復させるには、船の襲撃に参加させればいいかもしれない。

 二つ目の部隊は内部警護で、地上の村人を監禁している水道施設がある。奴ら・・・が言うには、「余計なことをするなよ」と警告の意味を込めて監禁しているとのことだったが、どうせ生かして帰す気がないのだから、さっさと食えばいいのに。そもそも何故自分達が命令されなければいけないのか、理解に苦しむ。

 三つ目の部隊が実は重要だ。数百年前に灰肌族と地上人が手を取り合って、シーデビルと呼ばれる身の丈数十ヤードの巨大な海トロールスクラグを封印した施設があり、その封印を解いたはいいが、肝心の海トロールスクラグが氷漬けのまま目を覚まさない。この施設を地上人に取り戻されないように警備しなければならない。

 四つ目の部隊は、ラース・ヘイトンとか言う初老の男を生かしたまま連れてこいと、地上人の魔法の施設にも捜索隊が割かれている。この男が封印について詳しく知っているのだそうだ。
 
 ヒュール・エイが、ふと、脇に目をやると、見事な枝振りのヤギ珊瑚が咲いていた。しかしその珊瑚は、急激な気温の変化と、この数カ月の日照不足により、根本まで白化していた。気温の変化は施設の封印を解いたからに他ならない。シーデビルを凍りづけにするための装置を操作して、冷気の流れを海に変更したからだ。日照不足は竜の気象操作の呪文だろう。

 ヒュール・エイは、根こそぎ採らず、自分の食べる分だけ採り、将来の子供たちの分を残すという、ディヴァウラーの教えに従って、ヤギ珊瑚の小枝を、小指程度の長さで折り、口に入れた。

 美味しくない。

 普段なら、褐虫藻が元気にポリプを出して、実に刺激的な味がするはずである。それが……ない。

 ヒュール・エイは再び考え込んだ。この美しかったであろう珊瑚を白化させてまで、シーデビルを蘇らせなければいけないのだろうか? 奴ら・・・はシーデビルが蘇れば、自分達、赤沼族を虐げるものはなく、ディヴァウラーの教えの通り、海の楽園を築けるという……本当にそうなのだろうか? ならば、何故 灰肌族は地上人と共にシーデビルを封印したのだろう? それはサファグンとすら共存できない怪物だったからなのではないか?

 いずれにせよ、今のヒュール・エイには果たすべき使命が下っている。任務を完遂した上で、ヴェッツ・スプラーに上申してみよう。

 ヒュール・エイは、ラース・ヘイトンが使っていたという物置小屋に侵入すべく、再び海中を進み始めた。  





 昨夜のシグモンドの様子から察するに、彼はアテにならないと、ウルビアンは判断した。ならば虎穴へは自分が直接赴かねばなるまい。どうやって船の中へ入るか思案していたが、おあつらえ向きに起きた甲板でのバカ騒ぎに乗じて、ウルビアンは、ソウジャーン号に無事侵入することができた。

 貨物室に忍び込んで、荷を確認するか、船長室で書類を頂くか――難易度で言えば、後者のほうが恐ろしく難しいだろう。

 ウルビアンは無理せず、荷を確認することを選んだ。推測が間違っていないなら、この船の荷は血潮団へ渡るようになっているはずだ。

 そのまま一気に貨物デッキを目指す……予定だったが、内部の様子、とりわけ、船員の足音があまりにも聞こえない事が気になり、彼は適当な船室に潜りこむ事にした。鍵穴から、さっと様子を見て取り、音を聞く。誰かの寝息も生活音も聞こえない。

 ドアノブを握ると、鍵はかかっておらず、彼は静かにその部屋に入り込み、鍵をかけた。

 部屋は客の為に解放された図書室だったようで、部屋の中央には、円熟の域に達したハウス・チュラーニの職人が、渾身の腕を振るい、目に優しい色合いで使う者が落ち着ける、繊細かつ艶やかでありながら、自己主張をしすぎない装飾が刻みこまれた、カルナス杉の円卓が静かに佇んでいた。

 ウルビアンは、見事な円卓に目もくれず、椅子をどかし、複雑な文様に編みこまれた毛足の長い絨毯を剥いで、直ぐ様床に伏し階下の音を聞いた。

 そこから聞こえる会話、そして足音……普段から渋面を浮かべる憂鬱なエルフは、舌打ちせざるを得なかった。ここにいるエルフ船員はどいつもこいつもローグとしての訓練を受けていて、他の者より極端に足音が聞こえない。他の足音を立てる船員もいるが、聞こえてくる反響音からして、恰幅が良く、重量のある船員――ハーフオークだろう――は、常に歩幅が一定で、戦士としての正規の訓練を積んでいるようだった。

 それ以外は侵入者――おそらく、客の足運びを記憶する訓練を受けてもいる――と判断しているのだ。

 自分がエルフで、ローグとしての訓練を積んでいなかったら……そう思うとウルビアンは慄然とした。

 ひとつ気になるのは、階下のハーフオークの歩き方が、シャーン陸軍のそれと同じように感じられる事だった。自分が60年程前にブレリッシュ歩兵連隊に所属していた時に受けた訓練を想起させる。ひょっとすると、陸軍の教本が流失している可能性がある。

 ウルビアンはそれらも報告せねばなるまいと心に書き留め、さらに、この場で透明化インビジビリティの呪文を唱えるべきか考えたが、秘術の力を感知され、何事かと確認の人員を寄越されたらたまらないと判断し、絨毯と椅子を元に戻し、外の様子を確認してから部屋を出た。

 そのまま下部デッキへと階段を降り、貨物フロアを目指した。途中何人かのエルフやハーフオークと遭遇しそうになったが、ローグとしての技量はウルビアンのほうが優っていたらしく、不審を感ずること無く、誰もが物陰に隠れたウルビアンを見逃した。やがて、たどり着いた貨物フロアの片隅で、眼鏡をかけ、黒髪で銅茶肌のハーフオークの青年が一人、書類を片手に荷を整理しているのをウルビアンは見つけた。このフロアの様子をしばらく伺っていたが、この場にいるのはどうもこの青年だけらしい。他のすれ違った船員達からは、ここはだいぶ離れている。

 ウルビアンは賭けに出ることにした。

 呪文を使って誰かが来たら、急いで脱出しなければならない。高速詠唱クイックンができるように、自分の脳のテンションを持っていく。そして気付かれないように彼の背後に立ち、指先で秘術文字ルーンを描きながら、魅了の呪文チャーム・パーソンを詠唱する。この呪文に物質要素は必要なく、使うのは己の精神力のみだった。

 どうやら呪文は成功したらしく、秘術の目アーケイン・サイトで見ると、桃色に発光し、緩やかに回転する四角錐が、ハーフオーク青年の頭にすっぽり覆っているのが見えた。その結果にウルビアンは満足し、「やあ、牙の兄弟」と、親しげに青年に向かって呼びかけた。

 呪文の影響を受けたハーフオークの青年は、ウルビアンのことを友人と思い込んでいるはずだ。事実、青年は振り返って「やあ、耳の兄弟」と破顔した。

「こんな所にどうしたね?」
「船長に言われて様子を見に来たのさ」

 常に渋面を浮かべているエルフは、うってかわって笑顔を浮かべていた。それでいて辺りに目と気を配り、そして、自分が賭けに勝った事を確信した。

「様子って、積荷のか?」
「ああ、状況次第では使うかもしれないとね」

 ウルビアンのその言葉に、ハーフオークは酷く驚いたようだった。

「おいおいグイラン砦で使う品だろ? それとも新兵器をいきなり投入するわけに行かないから、ここで試験をするわけか?」

 予想外の地名に、内心の驚きを必死に繕いながら、ウルビアンは続けた。

「流石にそこまでは僕もわからないよ。ただ、いつでも使えるようにって」

 ウルビアンは続けて「そういや、話に聞いていたけど実物はまだ見たこと無いな」と、聞こえるように呟いた。

「な、ちょいと見せてくれよ」
「おいおい、船長に怒られるぞ……まあ、お前ならいいか。万が一ばれて怒られてもオレの名前は出すなよ」
「もちろんさ、兄弟」

 これで新兵器とやらを拝めるな――ウルビアンはほくそ笑んだ。

 こっちだ、と、青年はウルビアンを誘った。

 フロア奥の片隅にはシーツをかぶった大きな荷物と、その脇に厳重に封印された木箱が置いてあった。そして壁に立てかけてある大きな釘抜きを手に取り、釘を抜いて、その木箱を開封した。

「ほら、これさ」

 木箱の中には、木綿の布で丁寧に梱包されている物体があった。青年が優しく梱包を解くと、一丁のリピーティングクロスボウが現れた。ただし、そのリピーティング・クロスボウは今までの物とは若干形が違っていた。まず、弾倉が縦に長くなく、大分小さくなっている。そして、デンスウッド――エアレナル諸島で産出される鉄と同様に固く重い木――が、竜語で言う所の逆Uの字の形で弾倉を覆っている。今までなら、弾倉交換時に、縦に抜き差しするのだが、これは装填時に後ろから前に滑りこませる方式で、弾倉が戦闘中にすっぽぬけたりするのを防ぐ工夫になっていた。そして、そのデンスウッドは台座になっており、なんと水晶玉が埋めこまれていた。

 リピーティング・クロスボウとは、その名の通り、連射のできる石弓であるが、通常、矢を込める場所に箱型の弾倉がある。が、この弾倉があるせいで、この武器を扱いが難しい武器にしてしまっている。

何故か?

普通の石弓なら、照星、照門、目という一つの線を以って目標に当てるものだが、リピクロの場合、鏃の位置と目の高さが同一ではないせいで、その狙いを圧倒的に難しくしてしまっているのだった。狙った所に当てるには、相当な修練を積むしかない。

 ところが、この新兵器は違う。

 まず弾倉を単一構造、つまり、従来なら縦一列に並んでいた矢を複式構造、二列に置くことによって、弾倉自体を6インチから4インチにまで小さくすることができている。そして極めつけは、この魔法の水晶球だった。魔法の品物の扱い方ユーズド・マジック・デバイスについて多少でも齧っていれば、水晶の中央に光点を映し出すことができる。この光点は、昼は赤く、夜は緑色に光り、狙点となる。戦闘中、この水晶玉が破損することがあっても、弾倉が小さくなっているので、今までのリピクロに比べれば、格段に狙いやすくなっている。さらに、この狙点は80ヤード先の人型種族の頭を狙うと、胸に集弾するように調整されているので、さっと構えて覗き込むだけで、当てることができる。が、扱う者の頬骨の大きさと構え次第で若干の誤差があるので、各自、弓床をいじるなり、弓の癖を掴むなりして欲しい。

 と、目の前のハーフオークは一気にまくし立てた。察するに、彼は武器を製造する職人か、或いは、単なる武器マニアなのかもしれない。彼の言うとおり、これなら、長い修練をつまなくても、ちょっとした訓練で火力の増大を図ることができる。

 さらに……と、青年は続けた。 

「こいつもあるぜ」

 と、木箱の横にあったシーツをはがすと、中から、エレメンタル馬車が現れた。

 馬車といっても、馬は存在しない。どちらかといえばヤドカリに似ている。車体の前半は、6本の爪脚があり、どんな悪路でも走破できるように、力強く大地に爪を打ち込んで進む。車体の後半は、左右に3輪ずつ、木製の車輪とデンスウッドの車軸に土の精霊を封入して、石畳の様な舗装された道を通るときは、爪割使わず、この車輪を動かし、速度を出せるような構造になっていた。車体の上前部はハウス・リランダーの御者がこれを操り、上後部は客室ないし、貨車となる。が、このエレメンタル馬車は貨車や客室ではなく秘術火砲メイジ・ファイア・キャノンが搭載されていた。

「まあ、こいつは未完成品なんだけどな」
「未完成?」

 ウルビアンが問うと、彼は伏し目がちに「風の精霊が封入されてないんだよ。だから雷撃と駐退機の機能が働かない」と、恥ずかしそうに告白した。

 秘術火砲メイジ・ファイア・キャノンは風、水、火、土の4種類の精霊を各種砲身に封入し、エネルギーをカイバー竜水晶に一端蓄積し、砲身から発射する兵器だ。200ヤード以内なら、雷撃を主に用い、100ヤード以内なら、冷凍光線、炎熱光線を交互に使うことで砲身を冷やし、労る。目標との距離が50ヤードを切った場合、石礫を散弾として高速で射出する。

 風の精霊には、もうひとつ重要な役割があり、この砲を地上から約1ヤードの空中に浮かし、砲撃後その反動を吸収しつつ、砲手の入力した射撃諸元の通りに、砲口を向けるという駐退機能が備わっていた。その肝心要の機能と遠距離射撃能力がないというのである。

「なんでまた?」
「いや、ズィラーゴの精霊捕縛術者エレメンタル・バインダーが仕事していたんだけど、彼を護衛していたオーガーが、お腹が空いたって、文字通り『食べちゃった』んだよ。おかけで契約破棄されて、帰国されるし、こっちとしてはたまったもんじゃなかったよ」

 ズィラーゴは、ウルビアンが忠誠を誓う国ブレランドの東部にあるノーム達の国だ。彼らは優秀な精霊捕縛術者エレメンタル・バインダーであり、また、船大工でもある。

「なるほどね……」

 ウルビアンは、青年に気付かれないように、さっと目を配る。彼をとりまく、秘術の力は色あせ、その力はだいぶ薄れていた。

 欲しい情報はだいたい手に入れた。そろそろ帰る頃合いだった。

「まあ、それでもきっと役に立つさ。色々ありがとうな。僕もそろそろ仕事に戻らないと。邪魔して悪かったな」
「いや、こっちも気分転換になったさ」

 またな、と挨拶してウルビアンはその場から離脱した。幸運な事に、離脱の際には、誰共会うことはなかった。特定の神を信仰していないウルビアンであったが、無事船を抜けると(ドラウ達はまだ喧嘩していた)今回ばかりは幸運の女神オラドラに祈りを捧げたのだった。


 ……それから、程なくして、仕事に戻った気のいいハーフオークの青年は、書類を片手に「はて、あいつ誰だったっけ?」と、彼の名前を思い出そうとしたが、ついぞ、思い出すことはできなかった。





 ラース・ヘイトンの物置小屋のとある小部屋は、洗い場なのか、ゴミ捨て場なのかは不明だが、海と繋がっていた。

 当初、ヒュール・エイは海辺から上陸して、そこから侵入するつもりであったのだが、またしても、ディヴァウラーは彼に微笑んだのだった。

 呼吸をエラから肺へ切り替えて胸一盃に空気を送り込む。長らくつかっていない部屋の為か、かび臭い空気が充満していて、彼は胸が悪くなった。さっさと任務を終え海に帰る。

 彼はそう決心した。

 そこから隣の部屋に出ると、両掌を合わせたくらいの大きさの蜘蛛が、ワサワサと脚を動かし近寄ってくる。久々に食出のある大物に喜んでるようで、キィキイと鳴き、忙しなく口元を動かしていた。

 ヒュール・エイは近寄ってくる蜘蛛を無表情で見下ろし、己の体重を載せた尻尾で振り払う。蜘蛛はその重い打撃をもろに喰らって吹き飛ばされ、壁の染みとなった。

 ふん……と、エラを鳴らし自分のいる部屋を見た。

 物置小屋というだけあって、雑多な荷物が適当に置かれている。この中から封印に関する手がかりを探せというのは、あまりにも酷な話だった。あと2匹程手助けが欲しいところである。

 ヒュール・エイはため息をつきながら、手近にあった蓋のあいた木箱をひっくり返し、中身をぶちまけ確認する。どれもこれも、何かの金属の欠片だった。

 次に手に取ろうとしたのは、大きな木箱に立てかけてある釣竿だった。どう考えても封印には関係ない。彼は尻尾を振り回し、その釣竿を振り払った。尻尾の先端が釣り竿ではなく、木箱に当たり、木っ端が飛び散った。

 破損した木箱の奥から、秘術の光をヒュール・エイは感知した。

 木箱を拳で殴りつけ、尻尾を振り回し、手当たり次第に木箱にぶつけ、木っ端微塵に粉砕すると、隠されていた鉄格子が現れた。

 ヒュール・エイは格子越しに奥を覗き込んだ。

 幾何学模様に見えるフロアタイルには溝が彫られていた。竜語のT、+の字に見えるタイルもあるが、大抵は一直線に刻まれて、その溝の中を秘術の力が通っていた。フロアタイルの四隅には、秘術文字が大きく彫られ、これが結界の基礎をなしているように見受けられる。四隅の内光っている秘術文字は一つだけだった。残りの3つは輝くこと無く埃だけが積もっていた。そして中央には、誰も手出しができないように球体の結界が張られている。結界の内部には、カルナス杉で誂えられた高さ1ヤード強の読書台が置かれている。その台には、羊皮紙の巻物が赤い紐に結わえられていた。

 これだ! ラース・ヘイトンの手がかりというのは!

 ヒュール・エイは思わず格子を力強く握り、かぶり付くように部屋の中央を見た。入手するには、忌々しい金属の扉を破らねばならない。手持ちに武器は無く、尻尾で殴りつけても、とても破れる物ではないと彼は悟った。

 何か使える物はないかと、ヒユール・エイは部屋中は漁りだした。壺の中身をひっくり返し、中で寝ていたネズミを踏みつぶし、この扉を破れそうな物を探す。が、見つからない。目の前にお宝があり、もう少しで取れそうだというのに取れないという事実に、彼は苛立ちを覚えた。

 エラを何度も鳴らして、尻尾と拳を振り回し、部屋の中にある箱を全てぶち壊して、どうにか気を紛らわした。

 扉をもう一度よく見ると、その鉄格子の扉は、細い穴が開いている。もしやこれは……地上人達が使うという鍵という奴なのか!

 海の中では金属を鍛えることが叶わず、何かを封印する際には、巫女による魔法を使うのが一般的な為に、鍵という概念に彼が辿り着かなかったのも無理はなかった。

 鍵……鍵……と、うわ言のようにつぶやきながら、ヒュール・エイは鍵を探した。鍵穴に合いそうな金属片を片っ端から挿し込んでゆく。

 ウォーフォージドの補修部品製造工場の工場長を務めていたせいか、彼の物置小屋には実に様々な金属片――ネジやアダマンティン装甲の破片――が転がっていた。雑多な金属の中から、ヒュール・エイはついに目的の鍵を見つけ出し、鍵穴へと挿し込んだ。カチリという小さな音と共に扉は開かれ、秘術の光を浴びた彼は、眩しさに目を眇めた。

 読書台の周りは、結界に覆われている。解除するにはどうしたら良いのか……ヒェール・エイは考え込んだ。彼はレンジャーであって、巫女達のように秘術に詳しいわけではない。秘術の力を感じ取ることができても、解析等は無理なのだ。それでも、彼はなんとかこの結界を解除する手がかりを求めて、丹念に周囲を観察した。

 結果、フロアタイルを回転させることができるのに気がついた。このタイルを動かせば、表面に掘られた溝を通る秘術の力が、その通りに動くのだ。

 ヒュール・エイは、はっ、と気付いた。四隅にある秘術文字に全て、力を通すようにすれば、結界が解除できるのではないか?

 彼は、あっちのタイルを動かし、こっちのタイルを動かしと、必死に脳を回転させ続けた。その様子を才人が見ていれば「半魚人が真剣にチクタクバンバンしている件」と携帯で撮った写真をtwitterに投稿したかもしれない。

 結界はついに解除され、羊皮紙の巻物をおずおずと、ヒュール・エイは手に取った。この巻物を水に濡らさないように注意しなければならない。

 彼は鉄格子の扉をくぐり、この戦利品を入れる容器を探した。やがて適当な壺を見つけると、そこに巻物を入れコルク栓で封をする。そして胸元に、絶対に離すものかと、しっかりと壺を握りしめた。

 さあ、後は帰るだけだ。これを奴ら・・・に渡せば良い。煩わしい任務からおさらばして、船の襲撃に精を出そう――。

 重圧から解放され、陽気になったヒュール・エイの苦労はついに報われた――かに見えた。

 
 外から、人間のメスが何やら大きな声で叫んでるのが聞こえてきたが、彼は一切気にとめなかった。

 次の瞬間、

 壁が大爆発を起こし、彼は爆風に吹き飛ばされ、背中を強打した。屋根が落ち、瓦礫に潰された彼は、何が起こったのか、わからず混乱に陥った。意識が朦朧とする中、瓦礫の中をよろよろと力なく這いずり、僅かな隙間から彼が見たのは、こちらを指さし呵々大笑する男、目標であるラース・ヘイトンの姿だった。

 捕縛すべき敵の姿をその目に捉えながら、ヒュール・エイは、ついに意識を失った。






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