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コルソス島奇譚 長い1日 

 ……哨戒を終え、定められた陣地に帰ってきた3人の猟師を迎えたものは、群れをなし奥地へ向かう氷蜘蛛達だった。
 海神に帰依する前の彼等は、太陽の光を浴び、たわわに実ったフルーツをたんと食べ、天敵といえば人間しかいない茶鼠を狩ることを生業としていた。茶鼠達はでっぷりと太り、その体高は人間の腰に達する程だ。果物しか食べない彼等の肉は、仄かに甘く、美味い。

 コルソス牛と称されるこの肉を食べることが、コルソス航路を行き交う水夫達の唯一の楽しみですらあったが、その肉の持ち主は、餌となる木々が立ち枯れることで激減し、いまやめったに見ることはできくなってしまっていた。

 困ったのは猟師達も同様である。村の住民に魚以外の食料を供給できなくなるからだ。そうして彼等は、食料を求めて、島の奥地へ行き……帰って来なかった。

 かつては村の為、今は仕える主と、まだ生きている同志達の為に獲物を狩っている。だが、やはり、気候の激変により、茶鼠達はその数を減らしていた。

 同志達の為にうまい肉を提供してやりたいのに。
 
 その思いが、彼等の主の心を動かしたのだろう。猟師達の脳内に、主は直接囁いた。


 鼠の肉が食えなくなったら、蜘蛛の肉を食べればいいじゃない、と。


 脳内に直接囁かれた猟師たちは、「はい、仰せのままに」と主に囁き返すと、蜘蛛達を狩るべく、その後をつけていった。



 †



 コボルド達と、蠢く死者を含むカルティスト達は、洞窟の入り口で互いに睨み合っていた。

 ウェブスターら術者達は疲れ切っており、もう1、2回くらいしか呪文をかけられないだろう。こうなった以上、尻尾をまくって逃げるしかない。だがそのタイミングが掴めなかった。今まで散々痛めつけてきたので、敵対しているカルティスト達に、油断というものは存在しない。

 下手にがっぷりと四つに組んでしまったものだから、簡単には逃げさせてもらえないだろう。

 ディックは自分の判断ミスを認めざるを得なかった。

 すでに術者2人には合図を待てと伝えてある。合図があれば加速の呪文で、一目散に逃げる。無論、敵の矢玉を避けるために、新年の酔っ払いの様にクネクネと逃げねばならない。

 互いに睨み合い、緊張の糸がきれようとしていたその時、北西から派手な爆発音が聞こえてきた。

 丁度サッド達のキャンプがある方向からだった。爆発音は、洞窟入り口の浅い所ですら反響し、4万年の長きに渡って水滴が穿った、わずかな吹き抜けから上方へと抜けていった。

「報告!」

 ディックは眼前敵から目を逸らすわけにはいかなかったので、部下に報告を求めた。

「ルイズの魔法のようです」

 ちらりと背後を確認したらしい誰かが、ディックに向かって叫ぶ。


 話に聞いた、失敗魔法だろう。キャンプからここまで聞こえるような爆発だ。目の前にいる死人達にぶちかまして、今度こそ、こいつらを死の領域ドルラーへとたたき落としてもらいたいものだ……。

 ほんの僅かなもの思いに囚われた時、ディックは、空気が微かに揺れた気がした。その揺れは少しずつ増幅し、やがて、その場にいる生きている者達全員が気がついた。

 深い雪山に住まう者なら、一度は経験するその振動。

 カルティストの連中には、そういった場所に住んだ経験のある者はいなかったのだろう。誰も彼もが怪訝そうに辺りを伺うだけで、行動を起こそうとはしない。特にディック達を苦しめた、地の利に通じている、村の洗脳された猟師達が、ぽかんと呆けていたのも無理はない。赤道付近に住まう彼等は、嘆ケ峰の万年雪を見たことはあっても、雪崩を経験した事などなかったのだから。

 ほぼ垂直に落ちてくる雪津波を指差し、叫ぶ彼等は、あまりに突発的な事態に慌てふためき、眼前の敵のことなど忘れ去ってしまっていた。

「今だ! 逃げるぞ!」

 ディックのその言葉に、術者達は最後の気力を振り絞って、加速ヘイストの呪文を唱えた。

 白鱗のコボルド達がその場を離脱して、5秒もしないうちに、嘆ケ峰の入り口は、轟音と膨大な雪で閉ざされた。


 
 †



 とにかく武器となる物を探そう。

 才人は、辺りを見回した。視線の先には、岩のくぼみに据えられた松明がある。だが、これだけでは心許ない。まだ他にないかと再度見回すと、両手の平を合わせたぐらいの石が転がっていた。

 才人は己の履いているジーンズからベルトを抜くと、石に巻きつけ、バックルできつく結びつけた。

 呪文の加護もなく、さほど筋力のない才人では、ナイフとか小剣を持っても戦力にはならない。だがこれなら、物理の授業で習った遠心力で、少しは打撃を与えられるかもしれない。問題はこれを敵に命中させる戦闘技能であったが、こっそり敵に近づいて後頭部に浴びせるくらいなら、たぶん、なんとかなるだろう。半魚人が蹲ってくれたらラッキーだ。戦闘不能になるまで腹をけるなり、テレビでやってる格闘技みたいにマウントをとって、殴りつければいい。

 では止めは?

 才人は、その事については考えないことにした。自分が命を奪うことについては、まだ、深く考えたくなかった。


 とにかく戦闘不能にして、本職に任せればいいや。タルブロンも言っていたじゃないか、できるだけ戦闘に参加するなって。もし、参加することになっても、気絶させるとか、ボコって動けなくなるようにすれば……。


 そう考えて才人は、ベルトでくくりつけた石を振ってみた。おもいっきり振っても、石がすっぽぬけないのを確認する。

「俺が太っていれば、もう少しベルトが長かったのにな……」

 そうひとりごちて、ベルトが滑らないようにしっかりと握りこんだ。それでもベルトの長さは20センチ近くある。手で掴んで直接殴るよりは、打撃の力はあるはずだった。

 それから才人は、海水に濡れて重くなり、動きづらくなったジーンズ脱いで、捻り、吸い込んだ海水を吐かせた。そうでもしないと寒すぎた。

 パンツも同様だ。

 湿ったパンツとジーンズを再び履いて、その不愉快な感触に顔をしかめながら、今度はお気に入りのパーカーを脱いで、左手に巻きつけた。

 もし、相手が攻撃してきたとき、少しでも盾みたいになればと考えたからだったが、パーカーなしでは、氷に閉ざされたこのコルソスではあまりに寒すぎた。

 洞窟の入り口に吹きこんでくる風に、体が余計に冷やされる。

 少しでも暖を取りたいと、考えた才人は深く考えることなく、左手で松明を手にとった。松明には、油を多分に染みこませた布が巻きつけてある。結わえていた紐が焼けた
のか、或いは半端に巻きつけられていたのか、才人が手に取っただけで、ぼろっと落ち、化学繊維で作られていて、極めて燃えやすいパーカーの左袖に落ちた。

「熱! やっべ、燃える!」

 途中でずり落ちたりしないように、きつく結びつけていたのだからたまらない。

 才人の左手はあっという間に燃え上がった。

 消すには大量の水をかけるしかない。洞窟のちょっと先まで走れば、大量に海水が流れこんでいる場所があったはずだ。

 激しく燃え上がり、痛みを感じ始めた左手をふりまわして、油布を落とそうとした。が、その矢先に、前方から商人たちの断末魔が聞こえてきた。間髪置かずに、後方からもタルブロンの名を叫ぶ、ジーツとセリマスの怒号と悲鳴がこだまする。

 彼等が窮地に陥っているなら、このまま敵にこの火をなすりつければいい……では、どちらの敵へ?

 才人は、一瞬だけ迷って、ジーツ達の方へ走りだした。

  

 †


 
 ルイズは眩しさと、強い爆風で杖を落としそうになった。

 精神力を込めに込め、全力全開で解き放ったことなど、実は数えるほどしか無い。それはメイジなら誰だってできる簡単な事だから。だからこそルイズは、より制御の難しい、最小威力で解き放つ訓練をしてきたのだった。

 目の前の爆風が晴れて、露になった光景は、内蔵と八肢をまき散らした氷蜘蛛達の死体だった。慈悲というものを知らない子供が握りつぶした様な、その有様が、潮風と、ざっと見て10匹分の内蔵を和えた、酸臭が、雪風と共にルイズ達の眼に飛び込んでくる。

 ルイズは、肩を喘がせながら、マントで口と鼻を覆った。臭いと、自分の魔法がもたらした出来事に、吐きたい気分だった。だがこんな所でのんびり吐いてるわけにはいかない。仲間の死体を文字通り踏み越えて、まだ20匹程の蜘蛛たちがこちらへ迫ってきていた。

 小人たちの無茶苦茶な運搬で、ひどく視界が揺れる中、ルイズは呼吸を整え、自分の精神力がどれほどあるかを確認した。

 ……最大威力であと3発、中程度の威力であと4発、小爆発で9発は撃てるだろう。

 たったこれだけの弾数で蜘蛛を屠らなければならない。あまりの心細さに、「ちい姉様助けて……」とか細い声で呟いた。 

 その呟きと共に、フラワーが着込んでいる鎧の草摺の左側を、何かがかすていった。

 金属音と共に弾かれたそれは雪面にぽとりと落ちた。

 矢だった。

『ちきしょう、敵の偵察だ!』
「ルイズ! 前、敵、爆発させる!」

 サッド達は叫ぶが早いか、短い手を器用に操り、ルイズの体勢を再び入れ替えた。ぐるりと視界が時計回りに回って、進行方向である前方を見せられると、トリステイン魔法学院の石塔を横倒しにした様な橋が、谷にかかっている――あとになって知ったことだが、その石柱は古代巨人文明の遺跡だった――その橋の向こう側は小高い丘になって

いて、こちらを弓矢で狙う男達がかすかに3人ほど見える。

 武装したとはいえ、人間を目の前にして、ルイズは一瞬戸惑ってしまった。


 あんな大きい蜘蛛ですらバラバラになってしまうのに、自分の呪文を彼等に向けたら……


 漂う臭いと、想起した光景が重なり、ルイズはたまらず、体を丸めてえづいてしまった。
 
 単なる偶然であったが、その偶然がルイズを救った。

 体を丸めた瞬間に、矢が通りすぎていった。

 サッド達は肝を冷やした。どんなに視線を巡らせても、遮蔽物となるものは何も無い。

 後方からは蜘蛛の群れ、前方からは弓手。

 八方塞がりだった。  

『キャンプに行くときは見かけなかったわよ、あんな奴ら!』
「『たまたま偵察隊に出っくわさなかったんだろうさ!』ルイズ、速く、魔法撃って!」

 サッドの怒声に、ルイズは俯いたまま、「無理! 撃てない!」と叫び返した。

「人に魔法を撃つなんて、無理!」

 そうして会話している間にも矢はびゅんびゅんと飛んでくる。まだ若干の距離と雪風による視界の悪さが、サッド達の救いとなった。

 火酒を飲み過ぎたせいで、柱をミノタウロスのどてっ腹と勘違いして突撃するドワーフの様に、蛇行しながら矢を避け続けた。だが、敵も然る者、ニの矢、三の矢ともなれば、少しずつ狙いが修正されてゆく。

「ルイズ、魔法を!」
「だから人には無理だって!」
「当てなくていい!」

 当てなくていい。それを聞いたルイズは、ほっとした。

 そうだ。当てなくても、彼等がひるんで逃げだしたりしてくれればいいんだ。

 己が精神を立て直したルイズは、呪文を唱えようとして、それが不可能な事に気づいた。

 遠すぎる。呪文が届かない。

「サッド、もっと近づかないと呪文が届かない!」
「隠れるところ無い。地面撃って、土の煙、隠れて近づく!」

 サッドに言われたとおり、ルイズは精神を集中させ、威力を上げるように呪文を修正しつつ、杖を振り下ろした。

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」

 呪文は、石橋の向こう側の袂で炸裂し、雪と土をもうもうと巻き上げた。だが、それでも、矢は飛んでくる。

 今度は、フラワーの右の草摺に矢がかすめた。それでも巻き上がった土と雪を煙幕にして、サッド達は接敵するほかない。

 石橋の中央までどうにか接近し、もう一発と、ルイズがそう考えたときに、前方から、男の断末魔が聞こえてきた。同時に、『右だ、異教徒がいる!』と敵の胴間声が聞こえてきた。無論、共通語の叫びはルイズにはわからなかった。

「ルイズ!」

 サッドがルイズを呼んだ。何をすればいいか、ルイズにはもうわかっていた。

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」

 今度の呪文は、小高い丘に陣取っていた男達の間近で炸裂し、丘の一部が崩壊した。別の敵に気をとられていた彼等は、崩壊に巻き込まれ、丘の麓まで転がり落ちてくる。

転がり落ちてきた男達は悲鳴をあげつつ、そのまま垂直に落下して、地面にたたきつけられ、動かなくなった。

 麓の影から、白いフード付きのマントを纏った一人の若い男が走り寄ってきて、小剣を抜き、男達に喉に止めをさしていった。

 全てが終わった頃に、ルイズ達はようやく橋を渡り終わった。

『サッド! 後ろだ!』

 男の声に反応し、サッドはルイズに言った。

「ルイズ、橋を落として!」
「これで呪文は最後よ!」

 ルイズは、三度精神を集中して、呪文を解き放った。

 その場にいる者たちの視界を閃光が充満する。4万年に渡って耐えてきた、巨人文明の礎石は爆音と共に崩壊し、巨岩は橋を渡っていた蜘蛛達も道連れにして、谷底へと落ちていった。

 その光景を満足気に見ながら、ルイズは意識を手放した。



 †



 口からオイルと、内部機関の破片を盛大に吐き出しながら、タルブロンはまだ生きていた。

 サファグンの巫女の魔法に、運良く抵抗できたらしい。

 巫女が唱えた呪文は、精神ではなく、肉体に働きかける呪文だった。精神に働きかける呪文であれば、戦闘機械ウォーフォージドであり、秘術使いという特性上、抵抗は容易い物だったのだが、あの巫女はそれを知っていたのだろうか?

 血反吐ならぬオイルを吐き捨てながらも、まだ必死に頭を働かせて、タルブロンは己が生存する術を模索し続けた。



 ジーツが必死に自分を呼んでいる。

 セリマスが癒しの術をかけようとしている。

 だが生身ではない戦闘機械の自分には、癒しの術は通常の半分程度の効力しかない。その為、多くのウォーフォージド達が友の癒しヒーラーズ・フレンドという改造をうけてきた。少しでも癒しの呪文の通りを良くするために、木を初めとする生体部品を活用してきた。自分も同様である、が、如何せん、自分とセリマスはいささか距離がはなれている。癒しの呪文が通るかわからない。

 それに、呪文をかけはじめた敵のクレリックを、サファグンの巫女が見逃してくれるとは、とうてい思えなかった。

 巫女はまず自分のトドメを刺すことにしたようだ。捨てた杖を拾って、自分の頭をかち割らんと接近してくる。

 巫女の攻撃を避けながら、修復リペアの呪文で自分を修復、と、いうのはいささか無理がある。ならば……


 サファグンの巫女が杖を振り上げたとき、タルブロンは思い切って、足払いを仕掛けてみた。

 だが、体術の心得のない秘術使いの足払い等、巫女にとってはエラをほじりながらでも避けられる。巫女は必死にあがくタルブロンに面白みを感じたらしく、杖で突付きはじめた。

 杖から逃れるためにタルブロンは必死に身をよじる。其れを見て、巫女は指さしてゲッゲッゲと笑い出した。

 その笑いが唐突に止まったのは、巫女が後頭部をぶん殴られてからだった。突然の痛みに驚いた巫女が見たのは、貧弱な体で左手に炎を宿し、石を振り回す奇っ怪な人間の子供だった。



 才人が見たのは、口からオイルを吹出し、地面をのたうちまわるタルブロンだった。

 ピンクの鱗を持つサファグンが、杖でタルブロンを突付き回しておもしろがっている。

 その光景に才人は、心臓を直接殴られた様な衝撃を受けた。

 
 おいおい……お前、何してくれてんだよ。その人死んじゃったら、俺、どうやって地球に帰ればいいんだよ……!


「ふざけるなよ……!」


 才人は、怒りが視界が真っ赤になったような感覚に襲われた。

 右手に握りこまれた革ベルトがぷるぷると震える。

 左手は才人の怒気に反応したかのように燃え盛る。

  
 止めをどうするとか、どうでもいい。今はただ、こいつをぶん殴りてぇ!

  
 才人は己の怒りに突き動かされて、サファグンの巫女に気付かれぬ様、静かに歩み寄り、遠心力により加速された石で思い切り殴ったのだった。


 
 才人は、タルブロンをいたぶっていた巫女を、もう一度ぶん殴るべく、ベルトをふりあげて巫女の脳天に振り下ろした。が、最初の衝撃でベルトが緩んでいたのか、石はそのまますっぽけてしまい、ジーツの方へ飛んでいった。

「危ねえだろバカ!」

 飛んできた石をかろうじて避けたジーツは才人を大声で罵った。

 石はそのまま、ジーツを槍で突き殺そうとしていたサファグンの柔らかい腹に当たり、彼はそのまま蹲ってしまった。
 
 それを見たジーツ達は、サファグンだけでなく、自分達も呪文の効力が切れている事に漸く気づいた。タルブロンを気にかけるあまりの、プロにあるまじき失態だった。ある意味、タルブロンが殺されそうになったことが、それだけ衝撃的だったといえるかもしれない。

 ジーツは懐から、中修復の杖ワンド・オブ・リペア・モデレート・ダメージを素早く取り出し、杖に込められた魔力を解放した。解放された杖の魔力はタルブロンに巻きつき、死の呪文により破壊された部位を修復してゆく。

 ついでに、才人が相手取っている巫女にも、お礼参りの予告状投げナイフを渾身の力と技量を込めて、送付しておいた。

 セリマスがタルブロンに駆け寄っていったので、相棒の世話はセリマスにまかして、ジーツは両腰の小剣を抜いた。

 相棒を傷めつけられた礼をしてやらねば気が済まない。

 ジーツはサファグンの群れの真っ只中に飛び込んでいった。


 ウルビアンは地面に落としていた棍棒を手に取り、サファグンと相対した。

 まずは才人の予期しない投擲に蹲ったサファグンを、下から棍棒を掬い上げ、顎を粉砕する。下顎をぐしゃぐしゃにされたサファグンは、そのまま後ろにひっくり返り、ビクンビクンと痙攣し、やがて動かなくなった。

 さあ、次だと構えをとった所に、嵐の様な勢いで群れに飛び込み、竜巻のような勢いで二振りの小剣を振るいはじめたハーフリングにぎょっとしたものの、斥候たる者としての平常心を発揮して、ウルビアンは淡々と戦闘をこなしていった。

 ハーフリングの冴え渡る技量を脇目に見ながら、ウルビアンはジーツ・シミスという名を脳裏に刻みこんだ。

 この島を生きて出られたら、彼の名を照合してみよう、と。


 セリマスは体が動くことを確認すると、タルブロンを救出すべく、彼のところまで走り寄った。幸い、巫女は才人が相手取っている。すぐにも彼を手助けするべきだったが敵の救援がこないとも限らない。まずはこの場のいる者たちが生き残るには、秘術使いの呪文の加護はかかせない。そう判断して、タルブロンに癒しの呪文を賭けた。

「……お嬢様、助かりました」
「礼なんていいわ。家族ですもの」

 さあ、エラ娘をぶん殴りにいきましょうと、怒りの炎を瞳に宿し、タルブロンが立ち上がるのに手を貸した。


 才人はバックルの金具でも巫女を攻撃できると判断し、右手でベルトを振り回しながら突進した。巫女は手に持っていた杖で、こちらへ飛んでくるバックルを上手に巻き取ることで才人からベルトを奪い取り、そのまま、流れるような動作で杖の尖った部分を才人に突き出した。

 才人はどうにかその突きを、右にステップを踏むことで避け、相手の腰にむけて、低い体勢で突進した。

 巫女は杖を突き出した体勢だったので、才人の突進を止めることができなかった。が、こんな細い子供の突進等、自分の重量を載せた尻尾を振り回せば、叩き落せると判断し、一回転しようと腰をひねる。

 だがそれは、ジーツの渾身の予告状が、右の脇腹に刺さったことで永久にかなわなかった。

 光の届かぬ深海で、怪しく煌く宝石サンゴの様な鱗を自慢にしていた巫女は、自分を傷つけた存在に怒り狂い、送り主を睨みつける。その刹那、突進した才人は巫女を岩棚の壁際まで突き飛ばすのに成功した。

 後頭部を打ち付け、杖を取り落とし、痛みを叫ぶ巫女の口の中に、燃え盛る左手を才人は突き入れた。興奮してアドレナリンが大量に分泌しているのか、才人は痛みというものをまるで感じていなかった。
 
「ふざけんなよテメェ!」

 口の中で燃え盛る炎に、巫女は悲鳴をあげ、激しく暴れ、太い腕で才人を殴りつける。才人も負けじと巫女の顔面を右手で何度も殴りつけた。それでも彼女は必死に抵抗し、口の中の痛みをこらえて、左手を噛み千切らんと、鋭い歯の生えている口を閉ざす。流石にたまらず、才人も悲鳴を上げた。だが、その痛みは才人の怒りを余計に増幅させるだけだった。

 巫女の脇腹にジーツの投げナイフが刺さっているのを見つけた才人は、それを取るためになんとしても隙を創りださねばならなかった。

 左手を食わせたまま、頭突きをかまし、膝で腹に蹴りをいれ、もう一度右手で顔を殴った。その攻撃に流血し、顔面を真っ赤に染めた巫女は意識が遠くなったのか、ほんの僅かに呆然とした。生まれた僅かな隙に、才人は右手でナイフを抜いた。途端に腹からも流血し、巫女は絶叫した。

 才人は先ほど蹴りをいれたことで、腹部が柔らかいことに気づいていた。

 怒りに突き動かされている才人は、もはや、ためらわなかった。

 渾身の力を込めて、体ごとぶつけるように、才人はナイフを腹に突き立てた。耳元で巫女の絶叫があがり、その喧しさに、余計に怒りが増幅される。

「頼むから!」

 才人は抜いて、もう一度刺しこんだ。再び耳元で大音声の悲鳴があがる。

「頼むから!」

 さらにもう一度。

「もういい加減、死んでくれよおおお!!」

  今度の刺突は、差し込んだ後、内蔵にダメージを与えるべくナイフを捻ることを忘れなかった。
 

 深海の巫女の最後は、ひどく呆気無いものだった。


 かはっと吐息をもらし、ぱたりと動かなくなり、やがて静かに吐血した。才人が刺した腹部からも血がとめどなく溢れ出る。 
 
 巫女が死んだのを確認した才人は、憑き物が落ちたかのように、怒りが消え失せ、力なく、からんと、ナイフを落として、やがては肩を震わせて泣き出した。

 才人を援護し、巫女に一撃を与えんと近づいていたセリマスは、才人に近寄ると、彼女の信仰する銀炎神の力を借りて、才人の傷を癒し、静かに抱きしめた。

 柔らかな人の温もりを感じた才人は、ついに声をあげて泣きだした。


 
 †   



 自分たちが先程出会した雪崩の様に、落ちてゆく氷蜘蛛達を見ながら、ディックは、どのルートで村へ到達するべきかを考えていた。

 谷の向こう側では、サッド達がこちらへ気づいたのか、手をふっている。

 こちらも手を振り返すと、谷底の方から、ゲ、ギィ、ギャースと聞き覚えのある奇声が聞こえてきた。

 ディックが谷底を覗き込むと、カニス氏族ハウス・カニスが構築するも、後に放棄された、荒廃した水路に瓦礫と蜘蛛の死体が重なっているのが見えた。そこへ一匹の氷小魔アイス・メフィットが、羽をばたつかせて、ギャーギャーとわめきながら、もう一匹の氷小魔に指示している。指示された一匹はかろうじて生き残った氷蜘蛛達に魔法の矢を放って止めをさしていた。

「長、あれはジーアではありませんか?」

 ブルの声に眼を凝らすと確かに、奥様のペットであるジーアであった。

 氷蜘蛛シシックと違って、比較的話の通じるジーアを筆頭とする氷小魔達とコボルト達は、仲が良い。

 数少ない餌を取り合うときは魔法なし、己の拳で決着をつける……と、言いつつこっそり魔法を使って、それが互いにバレて殴り合ったりもする程で、大祭日の期間では、

フェスティバル・コインだけでなく、互いに奥様の部屋から盗んだプレゼントを交換しあう仲なのだ。

 ある、大祭日の夜に、コボルド達は氷小魔に、オージルシークスの靴下を耳飾りとしてプレゼントしたところ、彼らは喜んで長い笹穂のような両耳にはめた。くるりと回っ

て、ギャアアアスと断末魔のようなしわがれ声と鬼瓦の様な顔で可愛さをアピールする。

 氷小魔達はお返しに、コボルド達にヘアピンをプレゼントしてくれた。髪の毛のないコボルド達は使い方がわからなかったので、氷小魔達に聞いたところ、頭に刺すのだと、身振り手振りで答えが返ってきた。ディック達は迷うことなく、脳天にブスリと垂直に挿し、だらだらと流血させつつ、斬新なファッションを教えてくれた氷小魔に感謝するのだった。

 無論、そのささやかなプレゼント交換会は、自室への侵入者を感知したオージルシークスの乱入によって見るも無残な大失敗Fuck Up Beyond All Recognitionになってしまったのだが。

「確かにジーアだな。おーい、ジーア!」

 谷底は、水路による放水音で聞こえにくいはずなのだが、隘路で音が反響したのか、どうにかジーアにも聞こえたようだ。

 谷の上にいるディック達に気づいたのか、グィ、ギャー、グァーと挨拶をかえしてきた。

 ディックは術師達に「羽毛降下の呪文は残っているか?」と問いただすと、是と答えが返ってきた。 

 さっそく、呪文を使い、全身を羽毛に包まれながら谷底へ降下すると、ほんの数十秒で、彼等は厚く氷の張った水路に降り立つことができた。

「ジーア、息災か?」

 と、ディックが尋ねると、ジーアは頬袋をふくらませ、唾を貯めこみ、クジュグジュと音を立ててからペッと外に吐き出した。最上級の敬意を払った肯定の意だ。

「お前は何故ここに?」

 ゲエ、キガー、ギョームと癇に障る鳴き声と身振り手振りで、ジーアはどうにかコボルド達に現状とその不満を訴えた。

 曰く、

 1. 快適な寝床ではない。
 2. エサが今までより少ない。
 3. 侵入者は殺せといわれたが、誰も来なくて暇すぎる。
 4. 魚人間を見かけたので魔法をぶっぱなしたが、仲間撃ちするなと怒らりた。
 5. エサが今までより少ない。
 7. この奥にハーフリングの女を取っ捕まえている。殺して食おうとしたら怒らりた。
 8. エサが今までより少ない。

 と、番号が抜けていたり、内容の重複があったりしつつも、詳しい状況を教えてくれた。いずれもオージルシークス奥様の命令だという。

「そこの蜘蛛の死肉でしばらくは凌げるか?」

 と聞けば、可能だと唾を吐かれた。

「ジーア、オージロス様によると今の奥様は正気ではないらしい。村の人間共と協力して、洗脳されているという脳たりん共を叩き伏せて、奥様とお前を連れ帰る。それから、村の近くまで運んでくれるか? すまんが、その後はしばらくはここで待機していてくれ」

 ディックの言葉に、ギャボーと、悲嘆のホバリングを始めた。

「頼むよ、ジーア」

 ディックがジーアの肩を叩くと、彼は首をかしげて、だらーっと細く、長く唾を垂らした。仕方ない、妥協してやるという意味だった。  
 





 
 サッドは先ほどの戦いで側面から援護してくれた青年と話をしている。白いフード付きのマントを纏っている彼は、海の男らしい広い肩幅を持ち、体型は見事な逆三角形を描いている。精悍な顔つきだが、表情は疲れきっていて、潮風を浴びた長い赤毛は汗と雪で額に張り付き、青年はうざったそうに何度も後ろへ払っていた。

 彼の名はガンナー・バウアーソンといい、コルソス島の唯一の宿屋である波高亭の主、シグモンド・バウアーソンの息子であった。

『ガンナー、リピクロを下ろしていいぞ、あのコボルド達は味方だ』
『味方? あのコボ助共が?』

 サッドは頷いて話を続けた。

『ああ、白竜の部下なのは間違いないんだが、あの白竜は正気を失っているらしい。主オージロスの命令で、嫁のオージルシークスの正気を取り戻しに来たと言っていたな』
『……何故味方だと言える?』

 眦をあげて、サッドを睨みつけるその目は、信用できないと、無言で主張していた。この3ケ月の彼の苦闘を考えれば、彼がその様な態度を取るのも無理はないとサッドは思った。

『ルイズをご丁寧に護衛していたからさ。何より、あいつら今日アルゴネッセンから飛んできたばっかりだからな。詳しいことは親父さんに聞け』
『親父に? ……ルイズってのは、この別嬪の嬢ちゃんか?』
『別嬪って、やだ、私ホストに仕えるクレ』
『お前じゃない』

 発言を遮って、顔を見ることなく吐き捨てたガンナーに、フラワーはしょぼんと項垂れた。場を和ませようとしただけだったのだが。

『そうだ。俺たちはルイズを伴って村に帰還する。戦闘に次ぐ戦闘で今日は流石に草臥れたわい』

 首をこきこきと鳴らしながらサッドはガンナーに答えた。それだけでなく、疑い深いガンナーに、辟易とした表情がありありと伺えた。

『この娘が洗脳されてない保証は?』
『わしらと共に戦ったじゃないか。それだけでは足らんのか?』
『……冒険者としてのあんたを信用するよ』
『……万が一、この娘が洗脳されていたら、ワシが責任をとる。何、こんだけ細っこい娘っ子なんざ、斧の一振りであの世行きさ』

 恐ろしい会話が両者で交わされていることも知らず、フラワーにおぶられているルイズは、背中で眠り続けていた。


 巨人族が拵えた巨大な円柱がいくつも倒れていてる道を、サッド達は、警戒しながら歩いていた。気絶しているルイズをフラワーがおぶっているので、戦力は実質、たったの二人である。だから、柱の陰からの不意打ちを恐れていた。

 もうすぐ左手の山間にカニス氏族ハウス・カニスが放棄したウォーフォージドの補修部品の生産工場がみえてくるはずだ。

 工場は、嘆ケ峰から流れ出る水を大量に消費するために、巨人文明の遺跡を流用していて、ピラミッドの様に積まれた巨岩の上に立てられていた。

 最終戦争はスローンホールド条約の締結を持って終了したが、その条約に『新たなウォーフォージドの生産の禁止』という項目がある。

 コルソスにある工場も戦争時には、ウォーフォージドの補修部品の生産工場として稼働していたが、戦後、雇われていた多くの秘術技師アーティフィサーもいなくなり、村は一気に寂れてしまった。が、捨てる神あらば拾う神ありの諺の通り、戦争後の好景気に肖ろうと、海賊たちが従来のスマグラー・レスト航路に集中し、それを嫌った船主達がコルソス航路を見出した。

 村が潤い始めた矢先に、この事件が起こったのは、気まぐれを愛する暗黒六帝ダーク・シックスの一柱、トラヴェラー神の皮肉という外ない。

『なあ、ガンナー、村への退路は確保してるのかい?』

 フラワーがそう尋ねると、『さっきまではしていたが、今はどうだろうな?』と答えが返ってきた。一瞬怪訝そうに顔をしかめたフラワーだったが、ルイズの凄まじい爆発魔法の事に考えが至った。

『……ああ、あれだけ派手な音が響き渡れば』
『そういう事さ、ほれ、おいでなすった』

 隠れるぞと、サッドが囁き、二人は柱の陰に伏せた。ガンナーの持っていた予備の白いマントで残りの3人を覆い隠す。

 程なくして、白いローブに複雑な唐草模様を編みこんだ男達がやってきた。二人は手にメイスを持ち、一人は弓を携えていた。洗脳され、海神に帰依した者達だった。想像を絶する恐怖体験をしたのか、はたまた、染めたのか、全員が一様に白髪であった。

 洗脳され帰依した人間の大半は、この白いローブを着用し、頭は白髪であった。これが生きている連中の中では、下の階級である。最低階級はもちろん死人たちだ。

 次に食料を補給し、偵察も行う猟師と弓兵、その上の各隊指揮官は秘術使いか、白ローブの神官。一番エラいのは、サファグンと決められていた。

『音がしたのは、この辺だと思うのだが……』
『よく探せ!』
『言われなくても分かっている』

 白マントを纏って伏せると、上手に隠れることができた。彼等はこちらに気づいておらず、背中を向けている。

 ガンナーはリピクロを構えた。旧来のクロスボウと違い、箱型の木製弾倉が弓の上部にあるせいで、照星と照門がなく、近距離ではひどく狙いづらい。その代わりの速射性能は、火力の向上をもたらしたが、同時に矢玉の大量消費という欠点も孕んでいた。

 左手で弓床と肩を押さえ、親指は用心鉄に、人差し指は軽く引き金に添えるだけ。呼吸を止めて、体の振動を最小限して、矢を解き放つ――

 ――解き放とうとした矢先に、バサ、バサ、と羽ばたく音が彼方から聞こえてきた。

 空をそっと見上げると、12匹の氷小魔が雁行隊形で飛んでいる。爪足はがっちりと、コボルドの肩に喰い込むように握られ、コボルドも彼等の足を握り締めていた。

『おい、あれ!』
『……主様のいっていた氷小魔? だが、なんでコボルドを?』
『待て、主様からのお言葉だ。――氷小魔とコボルドを殺せ―― 奴らは敵だ!』

 彼等は、指で印を結ぶと、呪文を唱え始めた。うち、一人は、背中の矢筒から矢を取り出し、コボルドに向けて撃った。

 矢が当たったのか、氷小魔の忌々しい喚き声が辺りに響く。

 サッドはガンナーに囁いた。

『やれ』

 ガンナーは矢を解き放った。狙い違わず、呪文を唱えていた男の側頭部に一撃が入り、その男はそのままくずおれて動かなくなった。敵だ! と、仲間に警告しようとした別の男の胸に、タン、タンと二矢が突き刺さる。その男は、一撃目で仰け反り、二撃目でぺたんと尻餅を突き、痛みを訴えて悲鳴をあけだ。

『黙れ!』

 と、サッドが投げ斧をとばして、男を苦痛から永遠に解き放った。

 フラワーはマントからさっと飛び出し、準備していたモーニングスターで相手の左膝を狙い、初撃で半月板をたたき割った。苦痛と死の恐怖からわめく男は、矢をすばやく再装填したガンナーにより、ドルラーへと速やかに送られた。

 古強者の冒険者達による、殺戮劇はあっと言う間に終わった。


 飛んできた矢を避けられず、ジーアの羽を矢が貫通した。ジーアの汚らしい、耳障りな声が辺りに響いた。

「ジーア、構わん、下ろせ、巣に戻って養生しろ!」

 眼下を見れば、倒れた円柱の森は過ぎ去り、なだらかな下り坂になっている。ルイズを担いで登ってきた坂道だ。

 雪がある程度積もっているので、オージルシークス谷のように滑りながら、村まで一気に滑り降りることができるだろう。

 ジーアと彼の仲間たちは、コボルドを次々に落として去っていった。落とされたコボルド達は、着地の瞬間、膝を上手に曲げる事で、その衝撃を逃す。後は、住み慣れた谷のように足の裏を上手に使って滑るだけだ。

 雪の坂道を優雅に滑り始めた彼等に、ハウス・カニスの廃工場から矢が降り注ぐ、見れば衣装はバラバラで、統一性がない。洗脳された船の船員の一部だろう。

 コボルド達は、滑りながら、弓を撃ち、魔法を使い果たした術者達はスリングで石を投げる。だが、山なり弾道でとんで来る敵方の矢のほうが、若干射程が長かった。加えてこちらは高速で蛇行しながらの攻撃である。まとも当たるはずがない。
 
 まともに当たるはずがないのが、偶然にも当たった。マラーキーの放った矢が敵の弓兵に当たった。しかもその敵は、よりにもよって、マラーキーが心底ほしがっていたリピーティングクロスボウを持っていた。

 マラーキーは敵がリピクロを落とすのをしっかりと見ていた。

「リピクロ! 俺のだ!」

 と、隊をはずれて、敵へ突っ込んで行った。

「何してるんだ! 戻れバカ!」 

 ラズの静止する声も聞かず、巨岩の階段の最下層にいた弓兵に突撃していった。

「ヒャッハー、ねんがんのリピクロ、盗ったー!」

 ご機嫌のマラーキーに、雨あられと矢が飛んでくる。

 慌てて、巨岩に身を寄せるも今度はそこに釘付けにされ、動けない。
 
 そこへ、命令を無視して離隊したマラーキーを引きずり戻すべく、直ぐに行動したディックが走りこんできた。

「マラーキー、無事か?」
「今の所は」

 マラーキー達は動けず、後方の部下たちもチマチマと弓を放つしか無い。

 膠着状態に陥るのを嫌ってか、敵は攻勢をかけてきた。血でドス黒く染まった得物を手にして、14名の人間とサファグンが巨岩を降りてくる。残りの6名は彼等を援護するべく、矢を放ち、ディック達の頭を岩から出させなかった。

 ディックとマラーキーは折を見て弓を放つが、せいぜい一人の肩をえぐっただけで、接敵は間近に迫っていた。

 その時、二人と敵の間に猛烈なダウンバーストが発生し、敵もディック達も吹き飛ばした。

 荒れ狂う雪風の中に、プラチナと見紛う程の美しい白鱗が垣間見えた。すらり伸びた首は白銀の槍の様で、溢れた呼気は、わずかに差し込んだ陽光で、ダイアモンドダストになっていた。薄い皮膜は、氷の翼でありながら、至高の芸術品と言えた。

 白竜オージルシークス。

 竜語で『白き剣』を意味する、美しく、危険で、巨大な竜が降臨した。

 
 オージルシークスは、息を吸い込んで、肺を膨らませると、猛烈な勢いでアイス・ブレスを半円状に吐き散らした。

 万の剣に突き立てられた様な、絶対零度のその息は、ディック達に迫ろうとしていた敵だけてなく、さらに奥の6名の弓兵を巻き込んで凍らせた。一瞬の後に、ガラスの砕ける様な音を道連れにして、敵の全てが砕け散った。

「奥様、ディックです! 閣下から書状を預かっております!」

 コボルドの長の必死の訴えに白竜は、威厳に満ちた、だが成熟した女性の、美しい声音でディックに語りかけた。

「ディック、巨大な緑宝石、魂砕きマイント・サンダーを……イリシッドめ!」
 
 だが、すぐに苦しげな表情を浮かべ、竜は苦痛を受けているのか、身をよじった。


 ――長達が食われる。

 と、部下たちは思った。奥様は正気じゃない。なんとしても長を救わなくては! ついでにマラーキーも!

「お前ら、命を捨てろ。俺たちはディックの知恵にいつも助けられてきた。今度は俺たちが助ける番だ」

 コボルド達は互いを見つめて頷きあった。

 奥様に食われる覚悟を決めたのだ。
  
 かの家で奉仕するコボルド達は、決して、言ってはいけないとされる言葉を、まず最初に習う。即ち……

「ケチー!」
「ブスー!」
「下腹ぽっこりー!」
「大年増ー!」

 コボルド達は、やいのやいのとオージルシークスの悪口を並べたてた。僅かでもこちらに注意を引くことが出来れば、長達が食われることもない。

 コボルド達の悪口を聞いた、オージルシークスはきっと、彼等を見つめ、苦痛に喘ぎながら再び空へと舞った。

 長を救うことに成功した彼等は歓声をあげ、ディック達の元に駆け寄った。

 一連の様子を見ていたサッド達も合流し、彼等は村へと帰還した。

 そこで一悶着はあったものの、貴重な情報と戦力になることをサッドが口八丁でシグモンドを説き伏せ、コボルド達も村に入れることになった。


 
 †
 

 
「サイト、何度でも言うが、セリマスのおっぱいは俺のだ。……後は言わなくても分かるな?」
「私のだって言ってるでしょバカ!」

 セリマスの重戦棍をひょいっと軽く避け、なおもジーツは言い募った。

「抱きしめられたからって『俺愛されちゃってる!』なんて勘違いするなよ」
「わかったってば、しつけーよ!」

 才人は、自分が声をあげて、泣いてしまった事に赤面して、ジーツに大声をだした。


 才人達は、激しい戦闘が終了した後、互いの無事を喜びあった。特にタルブロンは命を手透けてもらった礼に、地球帰還は成否に関わらずタダにしてもいいと申し出た。この義理堅いウォーフォージドの申し出に、どのように金策するべきか頭を悩ましていた才人は素直に喜んだ。

 ジーツは、セリマスが才人を抱きしめたのが気に入らないらしく、かといって、相棒の命を助けてもらっただけに実力行使をするわけにもいかず、ネチネチと才人を言葉で締め上げた。

 ウルビアンは単純に、助かって良かったなと声をかけただけだった。

 セリマスは才人が落ち着いたとみるや、気を引き締めていきましょうと、支援魔法をかけ始め、タルブロンも其れに同調して、呪文を唱えた。

 そう、まだやるべき事が残っている。

 まずは、逃げ出した商人達だったが、これはすぐに結果がわかってしまった。才人がタルブロン達の所へ向かったのは正解だったのだ。床におびただしい血痕が残されていて、その量からして、彼等が無事であることはまず、ありえないとウルビアンが断定した。

 その断定に、才人は気が重くなってしまったが、ジーツは、言った。

「お前が来なけりゃ相棒は死んでたんだ。お前は自分の命と相棒を救ったんだ。胸を張れ」
「……そうね。自分ともう一人ぐらいしか、普通は助けられないわ。全員無事なんてそれこそ奇跡よ」

 長い間、戦い続けた年長者の意見は、すっと才人の胸に染み込んだ。


 才人達の探索は続いた。ウルビアンが足跡を発見し、それは才人が漂着した海岸まで続いていた。が、そこで途切れた。

「ここで襲われたか、泳いで村に帰ったかだな」
「十中八九生きちゃいねえよ」
「かもな。君たちも戦い通しで派手に呪文を使って疲れているだろう? 宿があるなら連れていって欲しいのだが」
「エルフに賛成だ。サイトにもらった酒を飲みてえ」

 ……道中、海神を称える祭壇を見つけた。祭壇はサメの口を思わせる半球状の建物だ。その内部は鋭く尖った歯が剣山のようにびっしりと並んでいて、海神ディヴァウラーへ捧げる供物が内部には収められている。そこには、おそらくは、先ほどの巫女の者と思われる宝箱があり、一振りの小剣と幾許かの宝石が入っていた。

「サイト、お前にやるよ」
「え、でも」
「エラ娘をぶっ殺したのはお前だからな。俺らは自前の得物があるし、宝石がいい」

 才人は少し考えて、金をくれと言った。

「剣もらっても宿屋で止まれないよ。俺、こっちのお金持ってないんだ」

 こっちの? その会話を聞いたウルビアンはサイトの発言に疑問を抱いたが、表面上は気づかなかった振りをした。

「心配するな。2、3日分くらいなら払ってやるよ。得物もっとけ。ないと困るぞ。何があるかわからないからな」
「マジで? じゃあもらっておく」
  
 才人が鞘から小剣を抜くと、ぼわっと炎が吹き出した。魔法が付与された小剣だった。鞘に戻すと火が消える。抜き差しして、火がついたり消えたりするのを見て才人は歓声をあけだ。

「なにこれ、すげぇぇ!」
「あ、サイト、やっぱ、今のなし」
「イヤだね! これ俺のだろ? セリマスさんそうでしょ?」
「……ジーツ意地汚いわよ」

 前言をあっさり翻したジーツに、セリマスは呆れ顔で注意した。

 ぐぬぬとジーツは呻いて、もってけ泥棒と吐き捨てた。 


 その後、祭壇は完膚なきまでに破壊され、再利用できない様に、油を巻いて、火をかけた。

 洞窟を抜けると、どこかの倉庫につながっていた。ここが、かつて海賊が根城にしていた倉庫なのだろう。倉庫の扉を開けると、暖かい風が流れこんできた。温暖な春の陽気といっていい風だった。不思議そうな顔をする才人に、「結界を張っているから暖かいんだ」と、タルブロンが教えてくれた。

 倉庫を出ると、目の前には、宿屋があった。宿屋の看板は、木樽の蓋のような円形で、魔法で動かしているのか、ぐるぐるとゆっくりまわっていた。ビールが注がれたマグカップは、泡が高々と波打っている。

 それが波高亭の看板だった。

 その浪高亭に、見覚えのあるピンク髪の女の子を背負った小人が、入ろうとしているのを才人は見つけた。

「ルイズ!」

 その小人に駆け寄ると(彼女はドワーフ族の神官でフラワーと名乗った)「あんた、誰?」と、彼女の鋭い誰何の声に、才人はしどろもどろになってしまった。

「おーい、フラワー、そいつその子の従者だから心配ないぞー」

 どうやら、彼女はジーツの知り合いだったらしく、彼の助け舟で事無きを得た。


 ジーツ、タルブロン、セリマス、フラワーの有力冒険者の連名で、才人とルイズの滞在は許された。コボルド達は暑くて死ぬと騒ぎ出したので、地下のワインカーブに案内された。コボルド達が悪さをしないように厳重に封をしているものの、どこまで功を奏するかは未知数だった。
 
 シグモンドの妻、イングリッドが部屋を案内し、ルイズが目を覚ますまで、彼女の娘、アイーダが看病するという。才人は、代わりの下着やローブをもらい、隣の部屋で着替えると、ベッドに潜り込んだ。頭から毛布をかぶると、疲れきっていた体は、睡眠を欲していたのだろう、その精神は、あっという間にダル・クォール夢の領域へと誘われた。
 
 ルイズと才人の長い一日がようやく終わりを告げた。



 同時刻、階下にて


 ウルビアンは、シグモンドに部屋を頼んでいた

「店主、部屋はあいてるかな?」  
「開いてるよ。どんな部屋がいい?」
「ベッドがあるなら粗末なものでも構わない。水の中よりは快適だろうからな」

 その答えにガハハとシグモンドは笑って鍵をウルビアンに放り投げた。

「違いない」

 シグモンドから鍵を受け取ったウルビアンは、もうひとつ頼みがあると、シグモンドに言った。

「頼みってなんだい?」
「私の部屋のランタンは消しておいてくれ」

 ウルビアンの言葉に、シグモンドはぴくりと、一瞬だけ表情を動かして「注文通りにしておくよ」と答えた。

 その言葉にウルビアンは満足そうに微笑んで、自室に向かったのだった。







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