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コルソス島奇譚 奥様のペット

 嘆ケ峰の麓には、サッドの言うとおり、洞窟がぽっかりと口を開けて待っていた。
 雪風の舞う外とは違い、中は風をまったく感じることなく、程よい低温に保たれている。外法により蠢く死体と化せられた犠牲者達を保存するなら、ここより適した場所はないだろう。敵の本拠地は間違いなく、此処にあり、自分たちが目指す奥様もこの奥にいるのだとディックは確信していた。

 ディックは、先ほど騒ぎを起こしたマラーキーを、ポイントマンとして指名した。ポイントマンとは、先頭に立つことで、味方に危険を知らせる役割を言う。これは罰だからではなく、彼がこのチームの中で最も耳が良く、様々な音が反響する洞窟の中では、目の良さよりも、耳の良さが、敵の存在を素早く察知する最良の手段であるからだ。

 マラーキーは文句を言うことなく、その任務についた。彼の隣にいるのは、このチームの中で、最も良い目を持っているシフティである。

 彼はレンジャーとしての技能を持ち、獲物をよく仕留める弓の名手で、彼はその腕で後方支援射撃のために、今回は参集された。ついでに、腹を空かして待っているだろう妻子の為に、何らかの獲物を狩ってから帰る予定である……と、いうのも、オージロス閣下は、十分な食料を給料としてコボルド達に分け与えてくれているのだが、オージルシークス奥様は、「階段の掃除がなっていない」「窓が汚れている」「ほら、ご覧なさい埃がこんなに!」等と、因縁、もとい、たいへん清掃に厳しく、口憚る事ながら、苛酷な御方であるため、罰として食事を抜かれることがあるからだった。

 その時、出番となるのがシフティだ。

 彼の弓の腕は実に素晴らしく、おかげで、コボルド達はどうにか生きてゆくことができるのだった。

 コボルド達は彼にいくら感謝してもしきれないくらいである。ただ、彼がどこから食料を得ているのか、自分たちが口にしている肉がいったい何の肉なのか、頑として口を割ろうとしないのが不思議といえば不思議であった。 


 マラーキーを先頭に、シフティ、リーヴゴット、ディック、ブル、リプトン、ウェブスター、ドク、ラズ、トイ、フーブラー、ガルニアと洞窟内部へ入る。

 洞窟の内部は、入ってすぐ前方と左に道が分かれていて、それぞれに円形扉があり、地面にはレバーが設置されてある。さて、どちらへゆくべきかと、ディックが思案していると、両サイドの扉が同時に開いた。

「新しい肉だ!」
「侵入者を殺せ!」

 等と、物騒な声と共に、死肉を漁るグール、ワイト、死体にされた哀れな拉致犠牲者、洗脳された村の者たちが得物をもって雲霞の如く押し寄せた。

「盾をかまえろ!」

 ディックは枯らさんばかりに大声を張り上げた。その声に、リプトンとウェブスターが敵の足止めをすべく呪文を唱え始める。他の隊員たちは、盾を構え、敵の弓矢から術者達を守る為に彼等の前へ立った。

 洗脳された村の猟師達から放たれた矢は、心を寒からしめる風切り音を立て、隊員たちの盾に突き刺さる。2本、3本と弾き返すも、中には盾を貫通してようやく止まる剛の矢もあった。

 呪文の完成はまだかと、焦りが生まれ、接敵目前となった時、ウェブスターの呪文が完成した。

 押し寄せる敵の足元に蜘蛛の巣が張られると、それに絡め取られた敵がつんのめり、後続をも巻き込んで倒れ伏す。そこへリプトンのグリースの呪文が完成した。蜘蛛の巣をなんとか避けても、油に足をとられた敵の一部は、地面と熱烈なキスをするはめになった。

 盾を構えてた隊員たちは、転んだ敵の首を切り裂き、或いは、短槍で背中から心臓を刺し貫いて、少しでも敵戦力を削っていった。

 ウェブスターとリプトンは交互に呪文を唱え続けた。

 合図によって味方はさっと後退し、ウェブスターの火球ファイアーボールの呪文が完成し、容赦なく敵に振舞われる。巨大な火球は、油に塗れた者たちへと飛んでゆき、恐るべき炎の力が解き放されると、その威力に壁にまで吹き飛ばされ、首を折って動かなくなる者、火達磨になり、泣き叫びながら、助けを縋って味方に炎を移してゆく者、生者と死者の混成軍は共に怒りと苦痛のハーモニーを奏でつつ「侵入者を殺せ」を合言葉に、ただ、ひたすら押し迫ってくる。

 侵入者の数はわずか12匹。敵がいかな強力な秘術使いといえど、押しつぶせば事足りる。敵の指揮官は、そう判断したのだろう、そしてそれは正しい。

 ディック達は再度盾を構えて、少しずつ後退をはじめた。

 ウェブスターは、位階が、いま少し高ければ火壁ファイアーウォールを焚いて、敵を直接丸焼きにできたのだが……と、詮無いことを考えつつ、ひたすら火球を放り続けた。

 リプトンは呪文で油を巻き続け、蠢く死体達を火葬する、仕事をつづけるほかなかった。

 死人を30人ほどウェルダンに焼き上げた時点で、ディックは決断を迫られた。今は比較的有利であるが、リプトン達の精神力がいずれは尽きる。敵がどれほど、いるかわからない現時点では、サッドのキャンプに後退し、可能なら人間の村まで撤退、以後そこを拠点に、村の人間たちと脳足りん共を一人残らず屠るべきだった。

「もうそこに、奥様がいるというのに、後退せねばならんのか!」

 ディックはたまらず叫んだ。


 †


「『おらの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだす。よろすくしてけれ』はい、俺の後、続けて?」

 サッドがそう言うと、サッドの口と舌の動きを真剣に見ていたルイズは、神妙な顔をして、名乗りの挨拶を発声した。

『お、おれ……Louise Francoise le Blanc de la Valliereです。よ、よろしきぅしてぃくり』
「『おれ』じゃなくて『おら』、『です』じゃなくて『だす』もう一回」
『おら、Louise Francoise le Blanc de la Valliereだす。よろしきぅしてぃくり』
「んー、『よろしくしてけれ』の発音、違う。『よろしくしてけれ』」
『よろしくしてけれ』
「良し。はい、もう一回最初から……あ」

 と、サッドは空を見上げ、ルイズも釣られて見上げたが、そこには曇天から舞い降りてくる雪しか見えなかった。

「ルイズ、俺、言葉教えない、いいかも」

 サッドはルイズを見て言った。

「え? どういうこと?」
「俺の言葉、発音が男性的、ルイズはお嬢さん。だから、言葉遣いが変になる」
「……ああ、言われてみればそうかもしれないわ」
「連れに女の子いる。彼女、偵察から戻る。言葉は教えてもらうのは、彼女がいい、彼女も竜語を喋れる、少し」

 サッドによると、連れの女性がいるという。

 同じドワーフ族でコル・コランに仕える僧侶(コル・コランとは、どうも神様の名前のようだ。サッドによると、この世界は複数の神様がいて、コル・コランは商業と富を司る神なのだという)で、名をフラワーといい、彼女は両親が付けた、その可愛らしすぎる名前で、しょっちゅう誂われているから、彼女の名前について、あまり触れないで欲しいと言った。

 続けてサッドは「言葉教える。けれど、自分、女性らしい言葉遣い、発音、ムリ。彼女に聞いて。あと、俺、訛りある。ラザー訛り。でも、フラワーはシャーンで育った。訛りない」とルイズに謝った。

 ルイズは、彼の言うとおりだと思ったので、謝ることはない、配慮してくれてありがとうと、礼をのべた。

 自分の子供の頃を思い浮かべると、淑女らしい礼儀作法と言葉使いは、長姉エレオノールと母カリーヌがきびしく躾たものだ。両者の都合がつかない場合は、次姉カトレアが、それでも都合がつかない場合は、臨時に雇われた女性家庭教師グーヴェルナントが授業を行った。もしも、父や、雇われの男性家庭教師チュターが礼儀作法の授業を行っていたら、今のルイズは男性的な振る舞いや言葉遣いをしていただろう。

『あら、叔父さん、その子どうしたの?』

 その声のした方を向くと、金鎖の様な髪を三つ編みにして後ろに流したドワーフの女性が立っていた。樽のような体型に、低い身長も相まって、ずんぐりむっくりという言葉がこれほど似合う人物も珍しいだろう。それでいて、浅黒い肌に、だんご鼻で下唇が厚く、ルイズを見つめる蒼い瞳は、面白い物をみつけた子供のようにクリクリとよく動いている。彼女の両親がフラワーと名付けたのも頷けるほど、愛嬌のある顔だった。

 残念ながらヒゲは生えていない。

 白銀の板金鎧は、いかにも下ろし立てと言わんばかりで、左手にかまえた盾も、腰に携えたモーニングスターも新品同様にピカピカだった。

 ルイズは、彼女が腰に携えている武器の、あまりの刺々しさに、目を丸くした。彼女は神に仕える僧侶だという話だが、故郷の基準で考えるなら、持つべき物は杖なのではないか?

 だがここはハルケギニアから遠く離れた場所である。その地にはその地の、信仰のあり方というものがあるのだろう。

 ルイズは一度立ち上がってから、膝をおり、トリステイン式の、淑女と呼ぶにふさわしい礼をした。

『おら、Louise Francoise le Blanc de la Valliereだす。よろしくしてけれ』
『……フラワーです。貴方、ラザー公国生まれなの?』

 それを聞いたサッドは爆笑した。


 †

 
 きゅるり。きゅるきゅる。


 何か小鳥の鳴くような声を聞いた気がしたルイズは辺りを見回した。しかし、キャンプの周りには小鳥等は飛んでいない。飛んでいるのは、遙か遠い海原に、微かに見える

白竜だけだ。サッドとフラワーの、言い争いは、当然の事ながら聞き取れず、仲裁もできない。自分のことで言い争いになっているのは理解できるが、どうしたものか。


 きゅるり。きゅるきゅる。


 また聞こえた、何だろうとルイズが怪訝に思っていると、サッドとフラワーの言い争いが止んだ。彼等は、油断無く、目を配り、得物を引き抜いた。サッドは左手でドワーヴン・アックスを、フラワーはモーニングスターを。

「ルイズ、ゆっくりと立ち上がる」

 サッドはルイズに行動を促した。

「何? 何なの?」
「わからない。でも何かいる……」
「『3人で背中合わせになって援護し合いましょう』ルイズ、呪文を受け入れて」

 フラワーは信仰呪文を唱えるのに必要な物質要素、即ち、小さなろうそくのかけらと、乾燥させ匂いを抜いた牛糞を握りこみながら、指先で聖印を結んでいく。雄牛の筋力ブルズ・ストレングスの呪文を自分とサッドに、信仰の盾シールド・オブ。フェイス祝福ブレス冷気に対する抵抗レジスト・エナジーを全員に掛け、最後に召喚サモン・モンスターシラニアからの来訪者セレスチャル・ドッグと呼ばれる栗毛の毛並みが美しい犬を呼び出した。

 ルイズはフラワーが杖を使わずに呪文を掛けるのに驚き、自分の使い魔を召喚したのにも驚いた。だが彼女が一番驚いたのは、自分に掛けられた3つの呪文だ。最初自分の体に、魔法の力でできた膜のようなものが感じられ、次の呪文は、恐怖心が少しだけ和らいだ気がする。最後の呪文は冷気が和らいだ。

 フラワーの系統は水に近いのだろう。ただここでは信仰呪文と、呼び方が違うだけの事なのかもしれない。さらに学業の優秀なルイズは、フラワーが何かを握りこみながら呪文を唱えるのをしっかりと見ていた。そして、杖を用いずに魔法を使う亜人達の秘密の一端を、知ることができたのではないかと思った。

『わんこは10分間だけど、十分よね?』
「『たぶんな』ルイズ、背中をあわせる。お互いを援護する」

 3人は、互いに背中合わせになった。一人の持ち場は120度。加えて唸り声を上げる犬が一匹。油断無く辺りを伺う。

 ルイズはすでに杖を抜いている。怪しげな者が現れれば、即座に錬金の呪文で吹き飛ばすつもりだ。

 
 きゅるり、きゅるきゅる。


 その鳴き声が3度聞こえた時、セレスチャル・ドッグは何度も大きく吠えながら、崖に走りだした。もう、ほんの数メイルというところで、雪に覆われた地面が盛り上がり、無き声の主が姿を現した。口元をせわしなく動かし、複眼は捉えた獲物のどの部位の血を啜るのが良いのか思案しているかに見える。鈍重そうな体は白い産毛と降り積もった雪に覆われ、偽装するのに困らない。長さ1メイルに渡る8本の足はその巨体を支えるのには細かったが、十分な強度と筋繊維を有していた。

 アイス・スパイダー。

 それが鳴き声の正体だった。



 彼女はこの新しい環境に満足していた。

 あの巨大なメスの掌に乗って、「私の可愛いシシック」と、冷たい息を吐かれるのは好きだった。だが、彼女の足元でちょろちょろ動く生き物は大嫌いだった。大切な卵を生んだ端から掻っ攫い、生まれた子供を殺していったからだ。頭に来たので血を吸ってやった。それからは手の届かない所からチクチク攻撃されるようになった。

 でも、もうあいつらはいない。

 好きなだけ卵を産める。

 好きなだけ新鮮な肉を囓れる。

 好きなだけ血を啜れる。

 今、目の前に新しい肉がある。

 さあ、新鮮な血を啜ろう……。



 セレスチャル・ドッグが助走をつけ、跳びかかろうとしたが、それよりも速く、彼女は糸を吐出し、絡めとった。

 サッドとフラワーは二人して雄叫びをあげ、蜘蛛に駆け寄り、斧と星型鈍器をふり下ろしたが、鈍重そうに見えて意外に俊敏な蜘蛛は、ピョンと横に飛び跳ねて攻撃を交わした。

 蜘蛛の俊敏さに対応するべく、サッドとフラワーは蜘蛛を挟み撃ちにしようと、互いの間合いを広く取り、再度攻撃をしかける。が、これも蜘蛛は避け、口から氷の球をフラワーに吐きかけた。

 フラワーは左手にある盾を斜めに構えて、その雪玉を流そうとしたが、雪玉は結構な質量があったらしく、フラワーは態勢を崩し後ろに仰け反った。がら空きになった腹へすかさず前肢を伸ばし、彼女に強かな打撃を蜘蛛は与えた。

『ぐぅっ!』

 鈍痛に蹈鞴を踏みながら、なおもフラワーは闘志を捨てず、盾とモーニングスターを構え直した。 


 目前に現れた巨大な蜘蛛に、半ば呆然としていたルイズだが、サッドとフラワーが蜘蛛から離れていると見て取るや、即座に錬金の呪文を唱えて蜘蛛を攻撃した。

「イル・アース・デル!」

 呪文を唱え、杖を蜘蛛に向けた、狙いは腹だったが、蜘蛛の素早い動きに視線がずれ、蜘蛛の右足が1本吹き飛ばされる。

『ルイズ! よくやった!』
  
 足が吹き飛ぶのを見たサッドは、ドワーヴン・アックスを振り下ろし、さらに傷口を広げようとするも、鎧と読んで差し支えない固い産毛に阻まれ、さほど効果を上げられず、何度も斧を叩きつけたが、わずかに出血させるだけだった。

 フラワーはと言えば、先ほどのルイズと同じように、腹を狙って攻撃するも、決して後ろを取られないように右に左に尻を振り、攻撃を回避する蜘蛛に、何度も空振りさせられ、いまだに一度も当てていない。

 このままではまずい、と、フラワーの焦燥は募っていった。

 糸に絡め取られたセレスチャル・ドッグは、どうにか糸から脱出すると、一番槍を取れなかった汚名を返上すべく、勇敢にも蜘蛛の腹の上に飛び乗り、噛み付いた。流石の巨大蜘蛛も腹を食い破られてはたまらないと、犬を落とすべく、身をよじる。が、犬は落ちない。

 サッドもフラワーも、蜘蛛が犬に気をとられてるのを察知して、再度雄叫びをあげながら、攻撃した。

 フラワーの鈍器が右足の一部を叩き潰し、サッドの斧が左足後端の一本を付け根から切り落とすのに成功すると、ルイズは「サッド、フラワー、離れて!」と杖を掲げた。

 その声に気づいたサッドとフラワーは蜘蛛からぱっと離れた、直後、ルイズの呪文が再度炸裂し、左足前端が吹き飛んだ。



 痛い、痛い、痛い。

 私はお腹いっぱい餌を食べ、卵を産みたいだけなのに、なんでそれを邪魔するのか。

 彼女は、すでに巣立った自分の子供たちを呼び寄せるべく、ひときわ甲高い、怒りと痛みの声を上げた。

 純然たる生存競争を勝ち抜き、生を謳歌するために。


 
 雪風の中、ビュィィィィィと母の哀歌がコルソス島に響き渡った。









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