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コルソス島奇譚 Day1 召喚の門を越えて

 涙が止まらなかった。
 どうして自分には魔法が使えないのか。

 姉や母の厳しい手ほどきを受け、呪文は完璧に覚えている。発音や抑揚も、杖を振り方も完璧にできている。なのに呪文は発動しなかった。

 毎日、杖を振って、精神力の続く限り呪文を唱えた。

 それでも呪文は発動しない。発動するのは爆発だけだ。精神力を込めすぎたせいか、威力がありすぎて中庭が吹き飛んだ。

 それ以後は、練兵場でひたすらに呪文を唱え続けた。

 練兵場は連日の練習により、空軍の艦砲射撃の如き有様になった。草ひとつ残さず穴だらけにしても、結局、呪文は成功しなかった。

 始祖ブリミルが、与えたもうた、最大の祝福が"魔法"である。

 公爵家の三女として生まれた以上、公の場に出ることもある。そういった場で、魔法を使わないという選択肢は、まずない。心無い者は、母が平民の男と浮気したのではと邪推したという。

 母が前マンティコア隊の隊長、かの烈風カリンだと知ったその男は、ある日を堺に、宮廷に参内することが、物理的に不可能になったと、後に聞いた。


 情けなかった。

 あまりに不甲斐ない自分が恥ずかしかった。

 魔法学院に入れば、こんな自分でも、教授してくれる師がいるのではないか? 

 呪文の発音、抑揚、杖の身振りは完璧なのに、何故、爆発という結果になってしまうのか?

 その積年の疑問に答えてくれる人は、入学して2年に仮進級した今でも、ついぞ現れることはなかった。

 天には月が、自分の目の前には召喚の門が煌々ときらめいている。


 †


 ルイズは泣きながら、父母と二人の姉に詫びの手紙を認めていた。

 初めて成功した魔法は、同時に失敗でもあった。使い魔が現れなかったのである。

 授業はすでに終了し、担任のコルベールは学院長のオスマンと、自分の今後について話し合っている。公爵家の三女という身分故に退学は絶対にない。病気による休学とされ、家に押し込められるのだろうと想像がついた。

 婚約者のワルド卿は、ずいぶんな貧乏くじを引くことになりそうだ……。

 彼は魔法も使えぬ女を妻として迎えねばならない。あるいは、婚約そのものが破棄されるかもしれない。いずれにしても、自分に待っているのはみじめな将来しかない。

 嫌だ!

 そんな未来は絶対に許容できない!!

 ……使い魔が現れないのは、恐らくは、自分のせいだろうから仕方ない。

 先達の師が言うには、この召喚の門はハルケギニアの何処に繋がっているという。

ならば、こちらから使い魔を迎えに行ってやる。それこそ、首に縄をつけてでも。もし、門を抜けた先に何もいないのなら、せめて姉、カトレアの為に、何かしらの魔法の品、あるいは、体を癒す薬草なりとも持ち帰ろう。そして、改めて家族に、不出来な娘ですみませぬと頭を下げよう。

 果てることなく落ちる涙で、うまく前が見えない。手紙に雫が落ちないように注意しながら、ただひたすらに侘びた。おそらく、親不孝な結果になるだろう。そもそも無事に生きて帰れるかすらわからない。これが、謝罪ではなく、ただの逃避ということも頭の芯から理解している。

 それでも、今は家族に会いたくなかった。

 
 ルイズは手紙を蝋で封し、自分の印章を付け、机に置いた。財布の中のエキュー金貨がいくらあるのか確認し、懐にしまった。着替えもとりあえず2日分用意した。つい先程、メイドが夕食をここまで持ってきたので、スープだけ飲み、肉は細かく切ってからパンに挟んだ。それからパンをハンカチで包んでバスケットにいれる。食べる量を少なくすれば2日くらいなんとかなるだろう。

 今、この場で召喚の呪文を唱えても使い魔は現れないだろう。そう判断し、杖を取り出して、召喚の呪文を唱えた。召喚の門は煌きながら出現した。魔法を使うことができた。それが少しだけ嬉しかったが、結果としてはやはり中途半端。

 さあ、使い魔を迎えに行こう……。

 ルイズは迷うことなく、召喚の門に入った。



 門の内側は、相変わらず銀光に煌きながら、不思議な文様が絶えず蠢いていて、触ると不思議な手触りが感じられる。固いような、それでいて弾力があり、前後以外の場所へ行くことを拒絶していた。

 壁の手触りを楽しんでいたルイズは、ふいに風を感じて、はっと目を見張った。

 何かが、居る。こっちへ来ようとしている……。
 
「あれ、何処だここ?」

 その声を聞いて、ルイズはひどく驚いた。人間……?

 さらに、その声が自分の左耳ではトリステイン語、右耳で聞いたことのない言語に聞こえた事に再度驚き、声をだしてしまった。知らない言語ということは、召喚の門は、ハルケギニアでない遠い場所に繋がってしまったのだ。もしかすると、エルフの支配領域すら超えた、東方に繋がったのかもしれない。もしも、この先にある場所が東方ならば言語が違っていてもおかしくはないのだ。

「誰かいるのか? え、外国の人!?」

 そう声を上げ、目の前に現れたのは、黒目黒髪の少年で、背嚢を背負い、文字が刻まれた不思議な材質で出来ている白い袋を両手にぶら下げていた。その袋には一見したところ、見たことのない品物が詰め込まれている。その不思議な品物にも興味はあったが、ルイズは少年の顔をじっと観察した。彫りの浅い顔で全体的にのっぺりとした平面的な顔だ。鼻が低いのがそれに拍車をかけている。眉は濃ゆく意思の強さを感じさせるが、目は状況が理解出来ないせいか不安に揺れていた。
 
 およそ、トリステインであまり見ることのない顔だ。

 愛嬌のある顔ではあるが、少なくとも自分の好みではない。

 ルイズは冷静に観察を続けた。



 才人は、自分の身に降りかかった異常事態に、呆然としていた。

 ……これは、いわゆるファンタジーでいう処の召喚って奴だろうか。とりあえず自分はどうすればいいのでせうか?

 語尾が時代錯誤だなと、冷静に錯乱していた。ただ、目の前の女の子の柔らかそうなピンク髪と泣きはらした目はひどく印象深い。

 ……なんで泣いてるのかわからないけど、力になってあげたい。

 『門』の魔力が、浸透しはじている才人は、そう思った。
 


 ルイズは次に、その少年の服装に注目した。柔らかそうで、青く染めた上着は見たことのない生地で出来ていて、そのデザインも、トリスタニアでは見たことのない物だった。彼の着ているズボンも、上着より深い藍で染められ、靴は革の代わりに、やはり自分の知らない材質で作られている。

 仮に平民だとしても、それなりに裕福な平民、おそらく大商人の息子なのだろう。商人の息子であれば、貴族に対する礼儀も心得ているのが普通だ。山や森の中で彷徨う覚悟をしていただけに、少しだけほっとしたが、平民と言えど、家族がいるであろう人間を使い魔にするわけにはいかない。とりあえず彼の家に泊めてもらい、癒しの魔法に関する品や薬草について聞いてみよう。

 ルイズはそう考えた。

「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴方は?」
「俺、平賀才人……って何これ、なんで右が外国語で左が日本語なの!?」
「落ち着いて。ここは召喚の門の中よ。貴方、魔法を見たことないの?」
「魔法!? やっぱりこれ、魔法なの? アンタすげーな!」

 魔法スゲー!とはしゃぐ少年を見て、ルイズは歯ぎしりしたくなる程の苛立ちを覚えた。こいつ頭悪い。親の金使って遊び呆けているバカ息子の類なのでは? と、危惧の念が募っていく。

 メイジの、貴族の女性にむかって、アンタ呼ばわりする礼儀知らずだ。街への道を聞いてさっさと別れたほうがいいかもしれない。

「……街への道を教えてくださらないかしら?」

と、ルイズは、丁寧に聞いた。

 だが、少年はこっちを無視して門の内側をスゲー、スゲーとべたべた触りまくっている。右耳に聞こえてくる未知の言語の煩わしさもあり、元々、気の短いルイズはついにキレた。

「人の話聞きなさいよ、このバカ!」

 と、杖を抜いて、少年の足元を軽く弾けさせた。嫌になるほど練習したせいで、ある程度威力の加減と発動箇所の制御が出来ている。

 いきなり怒鳴りだした外国人の女の子(自称、魔法使い)が放った爆竹に才人は驚き、素直に「ごめん」と謝った。

「えっと、ごめんな。君、確か、ル、ル、……ルイルイだっけ?」
「失礼ね! 貴族にそんな口の聞き方していいと思っているの! だいたい何よルイルイって! 」
「幸福の使者だよ!」

 親父の書斎にあった本には、そう書いてあったんだと、女の子の名前を覚えられなかった才人は言った。むろん姑息な嘘である。

「幸福の使者……か。ステキね。でも本人の許しなく、名前を短く呼ぶのは、相手を軽んじる行為に他ならないのよ。注意するべきね」
「うん、ごめんな」と、才人は、自分より身長の低いルイズの頭を撫でようとした。

 ルイズは杖でその手を弾いた。

「女の子の髪に気安く触らないように。礼儀って物をご両親に教わらなかったの? ……それ以前に貴族に対しての礼儀が、まるでなっていないわ。そんないい身なりをしている癖に、どういう教育を受けてきたのよ?」

 少年を非難しながら、ちょっとその生地をよく見せて、と、杖を油断無く右手に持ったまま、ルイズは左手で少年の着ている服の生地の感触を確かめた。

「服? シマムラで母ちゃんが買ってきた、イチキュッパのカジュアルだけど?」

 casual

 ルイズは、その単語をしかと耳にした。

「アンタ、今、アルビオン語を口にしたわね? アルビオンと貿易している商人の息子なの?」
「アルビオンって何? 知らないなあ。カジュアルって英語だぜ?」
「エイゴっていうのが、よくわからないけど、アルビオン語が使われてるならどうにかなるわ」

 さ、街への道を教えて頂戴、と、ルイズは杖で少年の胸を軽く小突いた。

「はい、案内します……」

 と、間髪入れずに答えてしまってから、「なんで年下の女の子に命令されてるんだろう……」とぼやき、自分の入ってきた『門』を振り返った。
 
 その時だった。


 先ほど、ルイズが放った魔法は、彼らの足元にひび割れを作っていた。それが割れてゆく卵のように、亀裂を増やしてゆくのを彼らは気付かなかった。ひび割れからは、青い海と白い雲、何より太陽の光が入り込み……

 ルイズと才人は悲鳴をあげる間もなく、ひび割れから吸いだされ『空』へと落ちていった。


 †


 オージロスは、どんな種族にも慈悲深く、かつ、公正でありたいと思っている白竜である。

 アルゴネッセン大陸に引き篭もり、来る日も来る日も、『竜の預言書』の解読に明け暮れている他の竜達の中には、下等種族を滅ぼしてしまえと息巻く者も少なくない。評議会のなかでも有力議員である、赤竜ヴェーラはその最右翼といえる。

 彼女は、「ゼンドリック大陸を、下等種族ごと海に沈めてしまえ」と主張する。

 オージロスはその意見に賛同できない。彼は、人間を初めとする下等種族は、竜族に比べて軟弱な体で、寿命も短く、頭も悪い。故に、我ら竜族が導いてあげねばならないと考えていた。竜族以外の種族からすれば、実に上から目線の傲慢な思想であったが、いたって本竜は大真面目である。

 オージロスが、巨大な氷柱を飴玉替わりにペロペロしゃぶる様な、まだ歳若い竜であった頃、彼が寝床にしていた洞窟に侵入者が来たことがある。いわゆる、冒険者と呼ばれる山出しの輩だ。もちろん狙いは財宝である。オージロスも、大方の竜がそうであるように、竜の本能に従って大変、光物が好きだった。その財宝の山の上で、鼻を鳴らして寝転んでいた。そして、ごろんと寝返りを打った時に、ぶちぶちぶちっと、その巨体で冒険者達をうっかり潰してしまったのだ。

 彼は悔いた。泥棒はいけないことなんだと、理を尽くして諭してあげるべきだった。

 かつて、あるファイアー・ジャイアントは泥棒にこう諭したという。

「我々は心優しい種族だ。だからファイアージャイアントと呼ばれている。今からお前の頭を踏み潰すから、ちゃんと避けるんだぞ」と。

 それなのに、自分は問答無用でつぶしてしまったのだ……。

「あの時は、3日も食事が喉を通らなかった上に便秘した。ミジンコにだって生きる権利はある。人間やエルフ達に《竜紋》ドラゴンマークが現れたように預言に関する印が将来、ミジンコに現れるかもしれない。もし、今、ゼンドリックを滅ぼして、解読に必要なマークの血統が途絶えちゃったらどうするの?」

 と、反論し、周りの竜達から「こいつ何言ってるの?」といった顔をされたのは、つい先日のことである。 


 †


 エベロン、東経158度12分、北緯6度58分。

 コルソス島付近、高度1800メートル。

 住み慣れた家を離れ、オージロスは、赤道至近の暑い地帯を飛んでいた。彼は本来、寒冷地域を住処とする竜である。そんな彼が熱帯に出張ってきたのは訳がある。彼の番竜であるオージルシークスが『研究が捗らないから気分転換に散歩してくる』と言って出かけたまま、3ケ月も戻らない。

 さすがにちょっと遅くないか? 

 彼がそう考え出した頃、卵兄弟であるオージレダルが彼の家にやってきた。彼は評議会の議員になったばかりの駆け出しで、下っ端の雑用係としてゼンドリックとアルゴネッセンを行ったり来たりしている中々に忙しい竜だ。その忙しい彼がとんでもない報告を持ってきた。

 オージルシークスがサンダー海で暴れて下等種族の皆さんがえらい目にあってる、お前の嫁だろなんとかしろというのである。

 オージロスは慌てて、ゼンドリックへ向かった。時折、休憩を挟みながらサンダー海へたどり着くと、オージルシークスがコルソス島へ近づく船を、片っ端からアイス・ブレスで沈めてゆくではないか!

 何やってるんだと、止めようとして近づき、ふいに、彼女以外の魔力を感じ取った。

 怪訝に思ったところへ、彼女から横殴りに殴られ、吹き飛ばされる。

 オージルシークスの目には知性の光がない。それでも懸命に呼びかけ、落ち着かせようと近づくが、暴れに暴れて、手が付けられなく、空中で揉みあう内に翼の皮膜も一部破れてしまった。

 このままでは自分が危ない。コルソス島で不時着し人間に姿を変え、一時避難することも考えたが、仕事を持つ身である。あまり長い間、研究を止めるわけにもいかない。

 オージロスは、襲いかかる妻を右に、左に避けながら、溺れる人間たちに浮輪がわりになりそうな物を与え、這々の体でアルゴネッセンへと帰還した。そして、我が家の雑事一切を取り仕切っている奉仕種族、すなわちコボルド達に妻を任せることにしたのである。

 コボルドと聞けば、犬面で毛の長い種族と思い浮かべる人がいるかもしれない。だがそれは別の次元界の話であって、惑星エベロンのコボルドは、レプティリアン、すなわち爬虫類だ。

 家宰を司っているコボルド、ディックは主の命を受け、12名のコボルド達を選抜し、武装を整えさせた。

 翌日、疲れも癒えぬままオージロスは、コボルド達を背に乗せてサンダー海へ向かったのだった。 


 降下前に再度、コボルド達に装具を確認させようとした矢先、珍事が起こった。

 自分達より上空から、二人の人間が悲鳴をあげつつ落ちてきたのである。下等種族の皆さんの中でも、まだ歳若い少年少女達だった。竜なら尻に卵の欠片がついているだろう。

 オージロスは、フェザー・フォールの呪文を持続時間延長付きで、まず女の子にかけ、背に乗っているコボルド達に回収させた。逆に、男の子は「オレオワタアァァァァァァァァァ」と、他次元でドップラー効果と呼ばれる音の波、いわゆる悲鳴を残しつつ、ものすごい勢いでそのまま降下し遠ざかってゆく。距離延長、持続時間延長、と呪文修正しつつ、オージロスは軟着陸フェザーフォールを男の子にかけた。

 暗算が正しいなら、浜辺に無事着陸する軌道に乗っているはずである。女の子はどうも気絶しているようだ。もうしばらくすれば、ディック達も降下する。下手に起こして、騒ぎになるのも問題だ。そのまま眠らせていたほうがいいだろう。

 オージロスは高度を落とし、厚い雲の中へ突入した。

 妻が天候制御の呪文で、南国の島を氷に閉ざされた島にしたせいで、皮肉にも雲の上より快適だった。自分にまとわりつく水の粒がひんやりとして気持ちがいい。

 コルソス島が見えた。

 妻はどこかで巣穴を作り、今は眠っているのだろう。雲下に妻の姿は見当たらない。ディック達を降下させ、自分が雲上に出るまでの時間はありそうだった。

「ディック」
「はい、閣下。装具確認!」

 ディックが部下に命令した。部下達は自分の盾や得物の具合を確かめている。彼の視線は、縦列になった部下たちの最後尾に向けられていた。

「ドク、その人間のお嬢さんは大丈夫なんだな?」
「気絶してるだけですが……どうして翼もないのに空を飛ぼうと思ったんでしょうね?」

 ドクと呼ばれた、まだ若いフェーヴァード・ソウルは心底呆れた口調で、長の疑問に答えた。

「わからん。まあ、哺乳類自体が奇妙な生き物だからな。ジョー、ドクと一緒にお嬢さんを運べ。人間の村があるそうだからな。そこで引きとってもらえ」

 コボルド達は、人間の子供のように甲高く、しかし、爬虫類特有の嗄れた声で、自分だけではなく、他の仲間の装具まで確認し、問題がなかったら肩を叩いて点呼して前を向いた。

「ディック、後はまかせる」

 オージロスの深いバリトンの声には、彼らに対する篤い信頼がこもっている。

「はい、閣下。おまかせを。全員降下!」

 その号令に、次々とコボルド達は「Aussir!」と自らの誇りを叫びつつ、コルソスの空を舞った。





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