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断章 ロバ・アル・カリイエ学概論

 朝だけはどうにも頭が働かない。
 
 窓硝子をツンツンと突付くスズメをぼんやりと眺めながら、ルイズはベッドの中で二度寝を楽しんでいた。

 日差しの強さでだいたいの時間を測れるようになった、と、いうのが、最近のルイズの自慢の種である。何しろ、魔窟と呼んでもさしつかえのない、この散らかった部屋には、メイドの一人も来やしないのだから。

 と、いうよりも、正確にはルイズが拒否している。

 ここには、怪しげな薬品にとっぷりと浸けられたジェナシの盲腸だの、うっかり見てしまったら、見た者を生きている松明にしてしまうという呪いの刻印が刻まれた巻物スクロールだのが山積みとなって層を成し、ルイズ意外の者には把握が困難な有様なのだ。下手に片付けられたら、逆に、何処に何があるのか、わからなくなってしまうのだ。

 ルイズの部屋の散らかりようを見た母、カリーヌは「片付けなさい!」と激怒し「無理!」と即効で返答したルイズと大喧嘩となり、ヴァリエール家の練兵場が、さながら怪獣大決戦となったのは、今では領民達の語り草となっている。

(……ふふ、あの喧嘩は楽しかったなあ)

 散らかった部屋の中で、過去の情景に思いをはせながら、ふわふわの羽布団にくるまり、ゼンドリックの、まるで刺すような陽光とは違う、柔らかな春の日差しを浴びて、ルイズは帰ってきたんだなあと、微かな安堵と幸せを感じていた。

(……もうちょっとだけ寝ちゃおうかしら)

 そんな事を考えつつ、ごろりと寝返りを打ってうつ伏せになりながら、ふいにサイドボードに視線を動かすと、そこには、才人がルイズにプレゼントした、電池のかわりに水で動くというBedol社製のデジタル水時計が目に入った。

 時刻は8時55分。

 ルイズが担当する講義開始まであと5分――

「ヤバイ! 遅刻だ!」

 公爵家のご令嬢は、淑女たることも忘れて、ヤバイよヤバイよと、平民の使うスラングを連呼しながら、ベッドから跳ね起き、あわてて準備をするのだった。

  
 

 ――その年のトリステイン魔法学院の新入生は幸運であった。と、後々まで伝えられている。

 入学式の一週間前に、ある女性が特別講師として講義を担当することが決定されたからだ。

 その女性の名前は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという。

 その名前を知らぬ者は、もはやトリステインには存在しない。のみならず、ハルケギニアには存在しないのではないか? もし、居たとしたらそれは赤子だけだろう……。

 彼女はそう謳われる程に、市井の端々で語られたのだった。

 薔薇の如き華やかな美貌を持ち、類稀なる叡智でネフテスを飛び越え、ロバ・アル・カリイエの魔法を修得した偉大なる冒険家。孤独なアルビオン撤退戦、タルブ戦役での戦艦撃沈、トリステイン水精霊騎士隊と共に、ガリア王継戦役の最前線を戦い抜いた歴戦のアークメイジ……。

 彼女が特別講師としてやって来る! 

 授業内容はロバ・アル・カリイエの魔法について!!

 聴講を希望する書簡が、各国より連日津波の様に押し寄せた。

 その選定と断りの書簡の往復、断りの書簡に抗議する書簡もまた押し寄せ、事務員だけでは到底足らず、教員全員が連日徹夜で、書類仕事をするという珍事も起きた。連日の疲労で倒れる教員、入学式の準備がろくにできない教員も現れ、結局の所、入学式当日になっても混乱は続いたのだった。

 いや、混乱は現在進行形で続いている。諦めきれずに彼女の講義を、教室の外で聞きたいと聴講生は入学式にも押し寄せた。

 肝心の講義は、入学式の翌日だったにもかかわらず。


 新入生達は皆、英雄とまみえる為か、緊張しつつ自分の席についている。

 新入生でお喋りに興じている者など一人もいない。

 教室後部に座している聴講生のほとんどは、各国の魔法学院から送り込まれた優秀な研究生、ないし、教官達だ。中には、王継戦役で彼女の魔法を直接見たという者すらいた。そうした人達は彼女の魔法について解っている事柄をまわりの人達に話し、系統魔法との差異とロバ・アル・カリイエ魔法と絡めた新たな魔法の発展性等について述べている。中には喧々諤々の議論に発展するグループもいて、中々に騒々しい。


 5分……、


 10分……が過ぎた。


 すでに授業は始まっている時間だが、彼女は現れない。

 いくらなんでも初回から遅刻とは、英雄と言えどもあんまりなのではないか? 

 皆がそう思い始めた頃、唐突に黒板の中央部が、光を帯び始めた。

 何事かと皆が注視する中、光は、人一人が通り抜けるほどに上下左右に伸び、やがて長方形の扉へと変じた。

「御免なさい、遅れました」
 
 その光るドアから青いローブを纏ったルイズが出てきた。

 教室中からどよめきの声が響き渡る。

 なんて魔法……こんなもの見たことない!

 教室の一番前に座っていたある生徒は、ルイズの纏っているローブを見て、再度息を飲んだ。

 ドラゴンの鱗が余す所なく縫い付けられ、かつ、膨大な魔力が込められている。それがどんな力を持っているのか想像すらできない、まさに英雄の名に相応しい一品だ! 

 それだけではない。右手の薬指につけている赤いルビーの指輪も強力な魔力を纏っているのがわかる。一体どんな謂れを持つ品なのだろう……?

 ルイズは後ろ手に魔法の扉を消し、教室をひと通り眺めると、パンパンと手を叩いて、皆の注意をひきつけた。

「はい、授業を始めます。まずは地理について」
 

 ルイズは黒板に簡単なハルケギニアの地図を描き、その右側に《エルフの支配領域》ネフテスと綴った。

 彼女の板書はさらに続く。 

「ロバ・アル・カリイエというのは、我々ハルケギニアに住む住人の呼び名であり、あくまで大雑把なものです。彼らは世界全体をエベロンと呼び、自らが住んでいる大陸をコーヴェアと呼んでいます」

 黒板には、ハルケギニアの誰も知ることのなかった、地図の右側が描かれた。

「コーヴェアの南にはサンダー海を挟んで、ゼンドリック大陸、コーヴェアの南東にはエアレナル諸島、アルゴネッセン大陸。コーヴェアの遙か東側にはサーロナ大陸」

 と、地図をどんどん書き足していく。生徒たちは皆、慌ててノートに地図を書き始めた。聴講生も同様である。むしろ、聴講生達の目は血走っており、ルイズの一言一句を逃すものかと、そこいらの生徒よりも気迫がこもっていた。

「私が主に活動しているのは南方のゼンドリック大陸ですね。冒険に纏わるエピソードは山程ありますが、それは別の機会にとっておきましょう。まずはコーヴェアの地理から」

 ルイズは、大半の生徒が筆記するのをやめ、こちらを注目するまで静かに待ってから続けた。

「コーヴェア大陸には16の国と領域があり、《エルフの支配領域》ネフテスを抜けると北から南へ縦に4つの領域があります」

 西北から順に魔の荒地、エルデン・リーチ、シャドウ・マーチ、ドロアームと書き込んでゆく。

「エルデンリーチは人間とエルフ、及びハーフエルフが住んでいます。シャドウ・マーチはオークと人間、及びハーフ・オークが住んでいます」

 平然と解説したルイズだったが、場は一気に騒然とした。

 始祖ブリミルの時代から連綿と続く仇敵、エルフだけでも腸が煮えくり返るのに、敵と通じあまつさえ子を成した者達がいるとは……それだけではなく、汚らわしいオーク鬼とさえも!

「はい、静かに。そして全員起立!」

 ルイズは号令をかけた。その場の全員が黙りつつ、あわてて起立する

「この様な者たちと戦い続けた始祖ブリミルの苦難に思いを馳せなさい。始祖ブリミル万歳」

 万歳! と、教室にいる全員が唱和すると「着席」とルイズは再度号令した。


 目の前の生徒達の反応を見たルイズの内心は、複雑だった。

 彼女の友人、ティファニアはハーフエルフである。だが、いまだにそれは秘されていた。

 ティファニアを守るためにも、己の保身の為にも100パーセントの真実を述べるわけにはいかなかった。

 そう、これは嘘だった。

 ルイズが黒板に板書している内容は、嘘と真実がちょうど半分の割合でできていた。

 《エルフの支配領域》ネフテスから右側がどうなっているかなんて、ルイズは知らない。行ったことがないからわからない。

 惑星ハルケギニア……と、呼んで差し支えないなら、その右半分と下半分がどうなっているかなんて、ルイズにはさっぱりわからない。知りたいとは思うが、忙しすぎてちょっと手が出ないというのが本音だった。

 じゃあ、黒板に書かれた右側は何なのか?

 それは、惑星ハルケギニアではなくて、惑星エベロンのコーヴェア大陸の地図なのだ。なんでこんなややこしい事をしているのかと問われれば、ルイズはこう答えるしかない。

 ただ一言、ロマリア対策と。

 ルイズがエベロンで最も世話になったエルフは、かつて彼女にこう言ったことがある。

「嘘と真実を半分ずつ混ぜるんだ。そうすれば本当に秘したい事が守れる」と。

 本当はエルフだけじゃなくオークとだって仲良くなれるんだよと叫びたかった。

 彼女が冒険者として活動しているゼンドリックにはエルフの友人もいればハーフ・オークの師匠だっている。様々な種族の人が暮らしているのだ。そりゃ、最初はおっかなびっくりどころか、涙目で震えつつ杖を突きつけた。でも、互いに背中を預け合い、時には敵対して、理解を深めていったのだ。

 自分の種族ではなく生まれ育った国に忠誠を誓い、祖国の発展に尽くすエベロン人と、坊主憎けりゃ袈裟まで十把一絡に憎いと嘯くハルケギニア人。どちらの文明が発展し、より豊かさを享受できるかは、明らかだった。

 自分は目の前にいるこの人達の精神を改革しなければならない、と、改めてルイズは思った。

 エベロンの魔法技術だけではない、文明や文化、ありとあらゆる物を取り入れて祖国の為に尽くすのだ。年をとった大人は駄目かもしれない。だが、年下の若い世代に、新しい物を恐れず取り入れる勇気の芽を芽吹かせよう。まるでゲルマニアじゃないかと罵られても構わない。

 アンリエッタ女王陛下の御代をより磐石にするために、若い世代を育てなければいけない。

 ルイズは祈るように、心の中で、固く誓った。

「はい、授業を続けます」
 




 ……いつしか、春をすぎて、夏期休暇を目前にしたウルの月、ティワズの週である。

 ルイズの授業は初回から好評で迎えられた。

 授業は1コマ90分で行われている。最初の30分は黒板に向かい、次の30分は実技をやらせた。残りの30分は復習や質疑応答である。

 ルイズの授業は実に巧みに行われていた。

 生徒がダレてくれば雑談を始めた。雑談といっても、内容は多岐に渡る。

 概して男子生徒がダレてくれば戦の話をすることになる。生徒の中には次男、三男もいるから、軍人を志すものが多く、戦場での心得は少なからず彼らの為になった。

 女子生徒がダレていれば、ゼンドリック大陸の大都市ストームリーチや、コーヴェア大陸屈指の都シャーンで流行しているファッションやお菓子の話になる。もちろん話すだけではなく、話題となった菓子を実際に振舞うこともある。もっとも、テレキネシスの力が込められたビホルダー・クッキーを、うっかり食べさせてしまい、とある女生徒を窓枠ごとぶち破って空の彼方へ飛ばしてしまったこともあるのだが。

 ちなみに件の彼女は、マリコルヌの末の妹で、それ以来、「お姉さま!」と何故か懐かれた。兄と同じく、愛嬌のあるぽっちゃりさんで、もちろん、紛うこと無き……いや、彼女の名誉の為にも秘しておくべきだろう。

「はい、夏期休暇の宿題を出すわよ。女子は眠りの呪文に使う、薔薇の花を育ててね。どんな薔薇がより質のよい物質要素になるかレポートにまとめて。男子は蜘蛛。どんな種類の蜘蛛が良い糸を出すかレポートにまとめなさい」

 男子生徒からのうげーという萎びた声と、はーいと元気の良い女生徒の声が実に対象的だ。

「本格的なウィザードに成りたければどっちもやるべきなんだけどね」

 ルイズは腰のポーチから魔法の粘土を取り出し、手でこね回しながら生徒たちに宿題を伝えた。

 聴講生に関しては、宿題はない。彼らはルイズとの質疑応答を何よりも大事にしているし、長年の経験と知識から勘所を抑え、新入生よりも一足飛びにより高度な秘技をルイズから学んでいた。

 彼らは、ルイズが『教えても良い』と思った技術のみを伝えている事を薄々と感づいている。

 なにしろルイズは、トリステインの決戦兵器と呼んでも大げさではない存在だ。

 その彼女が簡単に教えるものに、軍事、及び、魔法技術が大幅に発展するような重要なものが含まれているわけがない。しかし、技術は日進月歩である。何が飛び出してくるかわからない。ちょっとした事がブレイクスルーになる可能性を秘めている。そういったわけで、彼ら聴講生はある意味、スパイとして、祖国に細かく報告しているのだった。

 ルイズは彼らとの、まるでドラゴンとエルフの化かし合いを半ば楽しんでやっている。

 最初の授業で上級瞬間転移グレーター・テレポートという大技を見せてしまったが、これは問題ない。女王陛下から「どんどん、見せつけておやりなさい」とお墨付きをもらっているし、必要な物質要素もその材料は粘土というだけで、どういう素材で作られた粘土なのか不明だからだ。



 ――後世、ハルケギニアの魔法技術史において、ルイズの齎した最大の発見と言われるのが、物質要素である。

 ある授業において、ルイズは、杖と物質要素の関わりについて講義した。

 ハルケギニアの系統魔法は、始祖ブリミルが齎した技術であるが、これは別の言葉で言い換えるなら、血統魔法と呼ぶべきもので、『血』を引いた者が『杖』との契約をすることで行使できる技術である。

 この技術には、口はばかることながら、一つだけ欠点がある――と、ルイズはロマリアの聴講生を目前にすえながら、恐れることなく主張した。

 ロマリアで神官としてそれなりの地位を得ているその聴講生は、ルイズの言に一瞬呆然とし、その意味を理解するや目を半眼にして、ルイズの次の言葉を待った。

「その欠点とは、皆さんがロバ・アル・カリイエ魔法と呼ぶものと比べて、精神力を使い過ぎる事です。そして、何故そんな不合理を始祖ブリミルが選んだのか、その点について、今日は授業します」

 ルイズは黒板を向いて、チョークを握ると「喩え話になりますが、杖と契約したてのまだ幼いメイジの精神力を100という数字で表します」と、黒板に100というアラビア数字――才人に教えてもらったもの――を書いた。ルイズの書いた未知の文字を見て、ああ、むこうの文字なんだろうなあと、聡い彼らは即座に納得した。

「皆さんも覚えがあるでしょう? 日々、魔法の練習を重ねることによって精神力は増えていきますが、メイジとして成り立てですから、当然、多くの呪文は使えません。5回も使えば疲れ果ててしまいます。ところが――」

 20、20、20、20、20と同じ数字をルイズは黒板に書き連ねた。

「あちらの魔法は『とある物』を使えばメイジに成り立ての者でも10回は魔法を行使できるのです」

 そういって、今度は10の数字を10回書き加えた。その答えに会場はどよめいた。

「あちらの魔法は杖を用いずとも使えます。それは、代わりに『物質要素』を用いるからなのです」

 物質要素……? と、戸惑う声がざわめいた。

「この物質要素は、唱える呪文によって全て異なり、魔法の行使に必要な精神力を一部肩代わりしてくれるのです。だから杖がいらないし、必要精神力も通常の半分ですむ」

 物質要素! そんな物があったのか! 亜人達が杖も用いずに魔法を使える理由がこれだったのか! 

 と、めいめいに騒ぎ出し、教室は大混乱に陥った。

「はい、静粛に! 実際にやって見せますので見ててくださいね!」

 ルイズは声を張り上げて、聴講生たちを黙らせると、右腰のポーチから薔薇の花びらを取り出した。

「いまから、皆さんに――そうね、最前列の皆さんに眠りの呪文をかけます。全力で抵抗してみてくださいね」

 ルイズは自分の脳のテンションを高めハイトンて薔薇の花びらを右手で揉みちぎりながら眠りスリープの呪文を行使した。

 すると、ルイズの眼前、半径約10フィートにいた生徒たちは、がくりと、糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ちた。生徒の何人かは、気道を圧迫するような不自然な寝方をしているためか、即座にイビキをかきはじめた。

 そこにはルイズを睨んだ神官聴講生もいた。机につっぷして大いびきをかいている。

 魔法の範囲外にいた生徒及び聴講生たちは、杖もなく魔法を使ったルイズに、畏怖の念を掻き立てられ声もだせない有様だった。

「しばらくそのままにして、あとで驚かせてあげましょう。このまま板書を続けますから、皆さん、あとで見せてあげてくださいね」

 ルイズが人差し指を立てて、ウィンクすると、講堂の生徒たちは、ルイズのイタズラが気に入ったのかクスクスと静かに笑って賛同した。

「始祖ブリミルは魔法を用いるにあたって、精神力が半分ですむ物質要素を用いなかったのは何故なのか、聡い皆さんなら、ある程度察しがついている方もいるのではありませんか?」

 ルイズがそう問いかけると聴講生から手があがった。

 ガリアから派遣されたソワッソン男爵だった。

「呪文の数だけ物質要素を用意しなければならないのだとしたら、おそらく、今のルイズ教官の様に、腰には沢山のポーチを用意せねばならないし、戦闘中に『どこに何がはいってたっけ?』と探している暇はなかろう。よほどの戦闘巧者でなければ運用が極めて難しいのではあるまいか?」

 その答えにルイズは大輪の花のような笑顔を浮かべた。

「ソワッソン男爵、ぼぼ満点の答えですわ」

 ルイズは続けた。

「ソワッソン男爵の言うとおり、戦闘時における運用が極めて難しいのは事実です。ですが、始祖ブリミルはそれを可能する魔法を生み出しました。それが――使い魔の召喚です」

 おお~と、誰もが納得した顔をしている――ソワッソン男爵を除いて。

「教官殿、ほぼ満点とおっしゃられたが、満点ではないのですな?」
「ええ、残念ながら。我々が幼少時において行う杖との契約とは、むこうでは、物質要素省略エスキューマテリアルと呼ばれる技法なのです。物質要素を使わずとも魔法を行使できる代わりに、精神力を倍消費してしまう。そんな不合理を選ばざるをえない状況、そして始祖ブリミルの聖地を回復せよという遺言……ここまでいえばもうお分かりになりますね?」

 ルイズの問いに、ソワッソン男爵はため息をついた。

 6000年年前の始祖の苦難、使い魔を4匹も呼び出し操ったとされる始祖ブリミル、そんな人物が物質要素を使う暇もないほどの大戦――。

「おそらくは我々の先祖たちをハルケギニアに逃がすための撤退戦、その殿を務めた……?」
「ええ、私はそう見ています。ただ、気になる名称を見つけたました。杖剣を用いる戦士たちを彼の地ではダスクブレード黄昏の剣と呼んでいたのです。……黄昏の剣、なんとも、かつてのご先祖様達の未来を暗示させるような名称だと思いませんか?」

 ルイズとソワッソン男爵のやり取りを見ていた者たちは、新しい発見に興奮している者、懐疑的な者、と、反応は様々だった。

「彼の地で始祖ブリミルの痕跡を探したのですが、文献にもその名はなく、語り部達に尋ねても聞いたことがないといわれ、残念ながら完全の歴史の闇に埋もれてしまっています」

 またひとつ、ルイズは嘘をついた。ダスクブレードはエルフ達が編み出した戦い方である。

 ――こうして、始祖ブリミルの使い魔はエルフだったという真実を、彼女は隠したのだった。



 ……粘土をこねながら、ワイワイと騒ぐ生徒達を眺めていると、ある女生徒がルイズの夏季休暇の予定について尋ねた。

「ルイズ先生、夏期休暇はゼンドリックへ行くのですか?」
「……そうね。一度実家にかえって、それから、モルグレイヴ大学にも顔を出さなきゃ。カラトリックス教授と共同で改造してる探査船の進捗率も一度見ておかないといけないし……」

「えー、ルイズ先生を領地に呼びたかったのにー」と、声があがると、私もーと別の生徒が声を上げ、別の生徒は「ボクは先生についていきたいです!」と騒ぎ始めた。

「ダメダメ。向こうは危険よ。私の位階でもヒヤリとすること山ほどあるんだから。それに海千山千のエルフや韻竜、巨人族相手にビビる事無く交渉できる自信ある?」

 と、あえて平民のスラング「ビビる」という言葉を使って坊ちゃん、嬢ちゃん達を"威圧"する。

 エルフ、韻竜、巨人と聞いた生徒たちはあうあう……と、言葉を失った。

「おみやげは買ってくるから、ニイドの月にまた会いましょう。じゃあみんな宿題を忘れることなく、元気に会えることを祈っているわ」

 ルイズは、誰にも聞こえないように、呪文をとなえながら、捏ねていた粘土をびたんと、壁に叩きつけた。

 その瞬間、粘土は自ら光を発して扉を形作った。

「みんな、またね」

 自室に帰ってきたルイズは、魔法の扉を閉じた。部屋の中はゼンドリックに戻るための準備で、実家に帰ってきた春以上に、才人がいうところの「ゴミ女の部屋」の様相を呈している。

 本来ならば、ヴァリエール家のメイド達が片付けていそうなものだが、ルイズの部屋は、魔女のそれだ。迂闊に触ると危険な代物があるので、片付けるのにウィザードとしての専門知識が必要になるのである。故に、彼女の部屋は、ルイズ自身が片付けねばならなくなり、今まで自分で物を片付けたことのないルイズは、どうしていいかわからず、適当に片付ける事になり、やがては面倒臭くなり……

「ご覧の有様だよ!」

 と、犬、もとい、使い魔に貶されるはめになるのだった。

「サイト……」

 ルイズは、自分を貶した才人の声を思い出していた。

 もう長い間、彼の柔らかい声を聞いていない。

 連理の枝、比翼の鳥になったかもしれない使い魔の少年は、この場にはいなかった。

 少なくともこの次元には存在しない。

(サイト……、必ず、貴方にもう一度会いに行くわ)

 ルイズは、壁に掛けてあるコルクボードの、ストームリーチ・クロニクル誌の切り抜き記事を手にとった。

 そこには、共通語でこう書かれていた。

『ハウス・チュラーニ所属、新進気鋭のアイドル・プロデューサー、サイト・ヒラガ氏、ストームリーチ防衛戦にて行方不明』




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